2月、3月
2月
高3のAちゃん、A君、
高1、Nちゃん、Hちゃん、
高2、A君、T君、Q君、
皆、久しく会わないうちに、
男子は男らしく、女子は乙女らしくなる。
差し出された袋の中は、キットカットだったり、ミスドだったり、
「あっざーす」
中3のみんなは高校生をまぶしく見ながら礼を言う。
かつて、自分たちもそうだったな、高校生たちも
がんばれよ、がんばって、と
声をかけたりする。
1月、2月になると
こういう光景はよくある。
あったかくなる。
夫は卒業生を歓迎し、
帰ると
「あの3人はな、見ろ、
(ホワイトボードに本番の点数が残してあって)
英語が本番で99点、
96点、95点、最後、どれだけ頑張ったか。
今からだからな、いいな」
その高得点を取った卒業生を目の当たりにした中3の
表情は引き締まる。
自分にできるのだろうか。
あの先輩だからできたのではないだろうか。
疑っているような、
無理かもなあ、諦めているような、
不安な表情が見て取れる。
そんなことはないのです。
誰もが、自分にできるとは思っていないようなことが
できてしまうこともあるものです。
来年の今頃、
あなたたちのことを夫は言うと思う。
去年の中3はすごかった。
お前たちも頑張れ。
15歳のドラマは親も教師も、まして本人も
わからないところで始まり、
夢中で過ごした時間が成長させる。
本当です。
あなたたちのたったひとつの
ドラマがあります。あるんです。
2月に入って、
私立入試は終わりました。
全員、私立は合格。2校受験するから1勝1敗、2勝と
ありましたが、全員、高校生になれる。
何よりです。
さて、ここから、入試まで1カ月、長いようで短い。
授業が終わって、帰る中3に声をかける。
「K君、調子はどう?」
「なんとか」
「Aちゃん、もう少しね」
「長いです」とAちゃんがため息まじりに言う。
「がんばってる?」
「普通」
普通が一番かもね。
「はーい」
またあしたね。
帰らない生徒もいる。
英語の長文、国語の長文をコピーする列ができる。
6年分の国語の過去問に突入のAちゃん、
これから遅ればせながら2年目に入ったT君、
4時過ぎから来ている中3は6時間も教室にいる。
帰り支度に、今日も終わったという、笑い声があちこちで起きる。
「朝起きて、学校に行って、終わって、家に帰って、
塾に行って、家に帰る。」K君の日誌から。
普通、でもないけれど、いまはそれが普通になっている毎日が続いています。
補講
2月22日から、入試前日の3月8日まで16日間、中3の毎日の直前補講が始まる。
夫は大忙し、理科、社会、数学、英語、どれも気になる。
私も過去問の漢字を10年分やったけど、心配、もう一巡したい。作文もやりたい。
これでよし、私も夫も思えない。
漢字の弱い生徒を捕まえて読ませたりする。
夫もちょっと、と誰かを呼んで質問していて、お前、また間違ってる、と内容は同じでも、噛み砕いた解説をしている。
小学生、中1、2は私とアシスタントで、個人演習に切り替える。
お詫びのプリントを印刷して渡す。
「大変ご迷惑をおかけいたしますが、どうか3月8日まで
中3のためによろしくお願いします。」
日誌から
T君
(受験まで2週間を切った。中3になってから今日まであっという間だった。
もう2週間もないというと残り時間が短いように感じる。
時間がないのは事実だが、今できることはまだまだある。
周りのみんなの姿からものすごい迫力を感じる。
いい雰囲気だと思う。3月9日までこの戦力で取り組んでいきたい。)
Aちゃん
(合格したいと思う反面、不安が大きくなるばかりです。この状態を乗り切れる強い意志をもちたいです。最近の私の口癖です。受験に勝つ!)
R君
(学校から塾に行くということは絶対にしたくないと考えていたが、受験が近くなってきたので、行くことにした。
最初はつらそうだと思っていたが、そこまでつらくなかった。勉強する時間が長く持てるので、
自分に自信がつくようになってきた。)
ほとんどの中3の目の色が変わってきた。
全員が入試までなんとか駆け抜けようとしているのが
伝わってくる。
推薦合格、前期合格の生徒も同じ時間を過ごしてくれている。
「自分が受かったからって、一人抜け、二人抜けたら
寂しいだろ。自分がよければいいのか。最後まで一緒に勉強しようって思えないか」
夫の言葉に私立や前期、高専合格の人たちも
毎日一緒に勉強することで、友達を応援する人たちが今年も大勢います。
私立の推薦をいの一番で合格したYちゃんの日誌から
(毎日大変で疲れますが、塾の皆が「合格したい」という思いで頑張っていると思うと、
私もやる気が出て上向きに考えられます。
毎日、重いかばんを持って階段を上り、夜遅くまで長時間、みんなと勉強している。
受験勉強もラストスパート。私は、もっとやりたいと思うこともあります。皆をずっと応援します)
高専合格のS君
(みんなは受験まであと少し、みんなと一緒に最後までがんばろうと思います)
前期合格したA君
(中1、2、小学生の皆さんに時間をいただき、今北先生に授業をしてもらっています。
学校の友達から
「前期受かったのに、なんで塾やめないの?」と聞かれ、
「やめないよ」と僕が答え、
「高校の予習?」と再び聞かれ、
「いや、中学校の勉強だよ」と答えると、
「え、それ意味あんの?受験終わったからやめればいいじゃん」と言われました。
確かに受験が終わってからも毎日5時半から塾に通う人は珍しいと思います。
でも、これまで帰りを待っていてくれたり、
演芸大会やキャンプなどのたくさんの思い出がある36期生のみんなのために、自分のために、
3月8日まで勉強し、3月12日の卒舎式を迎えたいと思います。)
(なんて嬉しい文面なんだろうと胸が熱くなりました。
勉強だけでなく、人を想う気持ちのあたたかさです。
やさしさです。
塾をやっていて、こんな15歳になってほしい、描いていたその姿はあなたそのものです。)
A君に返事を書きました。
3月8日
明日が入試です。
全員に夫が消しゴムに手彫りで名前を入れ、鉛筆を削り、手渡しました。
健闘を祈ります。
三角定規、コンパス、時計、忘れ物をしないでね。
慎重に、そして諦めずに、粘って下さい。
夫は、
「寝坊すんなよ。親に送ってもらうなよ。
がんばってこい。ここまでやったんだ、自信を持て。」
夫の声に全員が立ち上がり、16日間の補講は終わりました。
その瞬間、笑い声が起きた。
いつもの授業が終わった笑い声とは少し違う。
明日の不安もあるだろうに、教室の空気は入試前日の重さはない。からりとしていた。
日誌に不安だ、不安だ、と書き続けた人も、
絶対合格と太い鉛筆で強気で書いた人も、
心中を、隠しているかもしれないが、
全員、均等な笑顔、
笑い声が起きていた。
私も清々とした気分になりました。
よくがんばりました。
結果はどうあれ、いってらっしゃい!
卒舎式
例年のように、ひとりひとりに泣き、笑い、感謝状を渡した。
ご父兄も全員いらしていただいた。
ありがとうございました。
小袁治師匠の今年の演目はもうどこでもやれないというもの。
差別用語があるからだそうで、
なんとももったいない。
今や、差別用語は神経質に規制される。その言葉でなければ、伝わらないのに、
厳しすぎるやさしさ、こだわりすぎのやかましさ、言葉の統制は不気味でもある。
たとえ、差別用語でもそこには情がある。切ない情も生まれる。
排除したり、言葉を変えればいいものではない。
小袁治師匠の声、いつもの声なのに、何か違って聞こえた。
悪い意味ではない。
素晴らしかった。でもなにかが去年と違った。なにが?
声だ。
声がすごくよかった。
練られた声?いや、熟練の声?
それはそうだが、それとも違う。
さて、去年の声と何が違うのか、よくわからなかった。
数日して、
一坪ばかりの小庭の梅になんという鳥か、胸が白い鳥が止まった。
朝日を浴びて、ピチュピチュ、しきりに鳴いた。
いいもんだなって、
小鳥の声に、
木を仰いで気がついた。
艶。
師匠の声に、
艶を、感じたのだ。
よく通る響く声の師匠だが、10代から一筋に噺家の道を歩いてこられて、
えも言われぬ艶をお持ちになったのだと思いました。
師匠、何も知らない、素人が偉そうに、すみません。
前後しますが、
高校生クラスの合格が続きました。
成蹊大、東北学院大、東京電気大、福島大、
福島大合格のSちゃんは小学から高3まで、8年も在籍でした。
高校生になってもSちゃんは、
習慣になっていた、ひとり階段に座って
教科書を声を出して読み、
学校直行も中学と変わりなく、「ただいま」っていう感じ。
毎日、教室にいたSちゃんの、長くもうれしいつきあいの合格でした。
もう一人、
高3になって午前クラスに通っていたMちゃん、
卒業が難しい状況で、高卒認定を受け、合格。
そして、受験した武蔵野音大も合格。
すごいです。
初めて聴かせてもらったホルンに涙して思いました。
この人に
この道を歩かせたい。
うれしかった。
3月になって、
お母さんと二人でMちゃんが挨拶に見えられた。
驚いた。
とっても驚いた。
Mちゃんが別人かと思うほど、表情が明るい。
初めて会った時は、なにもかもつらそうだった。
学校の重圧、卒業できるかどうかの不安、
暗雲に覆われていた。
そのMちゃんが笑っている。
18歳の乙女らしく可愛らしい本来の表情で、
合格の喜びに頬を紅潮させている。
人には希望が
絶対に絶対に、希望が必要なのだと改めて思う。
歩く向こうに見える灯り、あそこまで行こうと想う灯り、
希望があれば歩きだせる。
Mちゃんにはホルンと歩く希望があった。
脅迫の学校、でもそこに行かなくとも、Mちゃんを照らす灯りはあった。
ホルン!
よかった。
無理しないで、ホルンといってらっしゃい。
3月29日
12日の卒舎式に都合が悪くて、参加できないYちゃんに
夫と感謝状を渡そうと決めまして。
親は子どもが風邪を引けば、早く元気になってほしいと思い、
健康が一番と思いきや、
試験の結果に翻弄される。
まして、学校に行かずに家にいれば、
いつ行くの?
このままずっと行かないの?
学校に行かないでどうするの?
案じない親はいない。
Yちゃんは中1で入塾して、午前クラスの塾には来るが、学校に行かなくなった。
家にいるようになった。
Yちゃんのお母さんは事あるごとに、塾の階段を上がってきた。
教室に入るのも遠慮して、よく廊下で立ち話をした。
「今はつらいかもしれないけれど、Yちゃんがごはんをよく食べ、ぐっすり眠れて、
笑っていれば、いつか、あんなときもあったなって家族で笑いながら話せると思います」私の言葉に、
「ほんとですか?」
そう言っては
目にいっぱいの涙をためて、笑顔をつくろうとしていたお母さん。
その後、Yちゃんは高校には行きたいと言っていると聞いて、安心しましたが、
親ともなれば、果たして合格できるのか、それも心配だったと思います。
そのYちゃんが私立に合格した。
すごくうれしかった。
Yちゃんのお母さんから、卒舎式には出ると言っていたが、残念だが、仏事と重なって卒舎式には出られないと連絡があった。
それなら、夫と二人で、卒舎式をやろうと決めました。
その日、黒板にYさんの卒舎式、と夫が大きく書きました。
午前11時、約束の時間に母娘がやって来られた。
春の日差しが教室の窓から差し込んでいた。
始めましょ。
夫に合図して、
仰げば尊し、をピアノで弾きました。
打ち合わせではこの曲を弾いたら、今日ご足労願ったお詫びと、たったひとりの卒舎式を夫婦で決めたことなど、
夫が話をするはずなのに、
椅子に座っている。一向に席を立たない。話もしない。
「なんか話して」
「うん」
夫、無言。
「話して」
「うん。ピアノを聞いてる」
話す気はなさそうだ。
「すみません、夫婦の息が合わなくて」
笑って言ったが、
夫は話をしたくともできないのだ。
なにも言えないのだ。
中1から次第に学校から遠ざかり、
行こうと思うとお腹が痛くなったり、決してこのままでいいとは思わなっただろうが、
Yちゃんの3年間と、高校合格の喜びと、お母さんの涙と、
思い出が次々と脳裏に浮かび、
私も、楽譜がぼやけた。
曲を変えた。
感謝状にいきますか。
うん、そうだな。
順調に読み始めたが、
夫はこらえきれなくて涙声になった。
動けなかったYちゃんが一歩、歩きだした。
飛べなくなった子鳥が親鳥に身を寄せていたけれど、大空を見つめて飛ぼうとしている。
Yちゃん、頑張らなくていい。でも恐れることはない。
たったひとりの卒舎式、
寂しいから、ブルドッグの3人家族、羊のショーン、
Kちゃんの人形作家のお母さんが作ったおっさん人形、
教室の窓辺にいる、犬、キリン、シマウマ、白熊、
Yちゃんを見つめる観客になってもらった。
あなたが選んだ高校に行ってらっしゃい。私、
先のことは考えなくていいから。夫。
「はい!」
声は今までで一番、大きかった。
3月30日
新高1、授業がある。
授業といっても高校からの課題を持ちこんで、
教室で終わらせよう、或いは、高校の勉強の仕方など、気がついたことを話す。そんな時間です。
みんなの顔を見ると、少し大人になった感じがする。
入試が終わったら、かるたをする、という約束をしていたので、
30日はそれを果たした。
かるたしましょ。
ヤッター!
机いっぱいに小学生の国語で使う、ことわざ、八百屋さん漢字、魚屋さん漢字、四字熟語、かるたを広げて、
思い切り大声で話し、笑った。
36期生のみなさん、夫に叱られながらもよく勉強しました。
全員、高校生になれました。
いってらっしゃい。
玲子