2012年4月12日

新学期、始まりましたっ!

4月になると

ひとつ学年が上がり、

どの子もなんとなく新しい顔になるものです。

新中3も顔が引き締まり、いよいよ受験生、

充実の1年を決意しているように思います。

4月に子どもは輝く。

(高3の皆さん、浪人宣言の皆さん、きっと輝いていますよね。

悔いなき1年を!どうか頑張ってください)

 

やるぞ、って顔が教室にあふれる。

入塾生はもっと輝くような気がする。

初めての場所です。

さあ、この塾で勉強するんだ、子どもたちの胸の声が聞こえてくる。

 

入塾の経緯はさまざまです。

お母さんが通っていたから、

お姉ちゃんが通っていたから、

3月に折り込んだチラシを見たから、

友だちが通っているから、

......それにブログを見たから、

なんとも......、

恐れ入ります。

私の日々のつぶやきがご縁になるなんて、

本当にうれしゅうございます。

 

数年前です。

今も、中学から高校生クラスに通っている高3のAちゃん。

中学生の時、ふと塾の前を通りかかって、玄関に置いてあったチラシに

お母様の心が動いた。

面談を申し込まれて、授業を受けて、入塾。

「玲子先生、実はあの時、大手の塾に、お金を納めた後でして、

でもそれは捨てることにしましたんです。

娘も、お母さんが正解だったと言ってくれまして。

よかったです。北剏舎で......ありがとうございました」

この話を聞いたのは、高校合格のときでした。

高額だったでしょうに、またそれを一言も言わずにいらっしゃるなんて、

私など真似はできませぬ。

 ご縁の不思議。会うはご縁のはじまり。

Aちゃんのような良縁でありますように、と今年も思います。

 

 それにしても4月は子どもの瞳が美しい。

そう、あの瞬間に似ている。

運動会、

白線のスタートラインに並び、用意、ドン、

ピストルを待つあの気持ち、

さあ、走るぞってあの気持ち。

一番にはなれない遅い足の私でさえ、子どもの頃、

まっすぐにそう思ったもんです。

 もはや、一斉にスタートラインに立つ気分は

絶えて久しいけれど、もうないけれど、

でも新学期は、

用意、ドン、を待つあの気持ちになる。

一生懸命走ろう。

間違いなく、私もそんな気分になるんです。

 

4月の初日の授業が終わって

卒業生の息子の、小3になったT君が

2年生の頃より、一段と声を張り上げた。

「ありが、と、ご、ざいましたっ!」

なんていい声なんでしょ!

いつもの返事をして、T君に手を振った。

 

あなたがわかるように、

わかったあっ!なんて笑ってくれますように、

少しでもお役に立てますように、

私も、夫も、

スタートラインに

立っています。あなたと一緒に走りまっせ。

去年は去年、

今年は未知です。

でも 

もしや、あなたが疲れたら、

もしやこの先落ち込んで、勉強なんていやだ!

受験は怖い、どうしよう、

そんな時、

何度でも何度でも

あなたに。

どうしました?

ひとりで立ちあがれる?

よかったら、肩につかまって。

大人になるのは怖くないから。

希望は次々とやって来るからね。

 何度でも何度でも、あなたに。

そして

どこの塾でもなく、北剏舎の階段を上って来たあなたに、

「欠点だらけの夫婦ですが、

ご一緒させて下さいまし。

唯一無二のあなたの伴走は、至極、幸甚」

塾生の皆さん、ご父兄の皆さん、

深々の、4月の、一礼です。

今北玲子

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2012年3月15日

14日

 高3のMちゃんの早稲田大に始まって、

同じ高3のYちゃんが東北大、S君が東京農大、

一浪していたK君が慶應大、その後、近くでばったり会った、

高校生クラスから入塾したF君が新潟大、

朗報が連日続きました。その後、S君の芝浦工大、T君の

会津大、

「先生、受かりました」

みんな、がんばったのね。すごい!すごい!

 

私たちは何もしなかったのに、中学生の時、通った塾に、

報告に来る、それもすごいなって、思います。

 

東京農大合格のS君、久しぶり。

忘れられないことがあんのよね。

なんすか。

「あなたは中3の時、国語がどうやっても60点台で伸びなくて、

こつこつと過去問をやって80点安定になったもんね。

だから、中3で国語が伸び悩んでいる人に

毎年、あなたのことを話させてもらってるの」

そうなんすか。

そうなんす。一度言いたかったの、ありがと。

個人差はあるけど、あなたの国語が伸びた話は使わせてもらってる。

(それを聞いて過去問をこつこつやる生徒は毎年いる、全員ではないけれど

あなたのことを信じて、やってみれば上がる人もいるんだもの)

  

東北大合格のYちゃんは

きれいな字で、中学の時、なんどもなんども同じプリントをしたね。

過信せず、面倒がらず、丁寧に、なぜ間違ったか、考えながら。

学校の先生からも言われたらしい。そして、今北先生がそうしろって、

言ったからって、中2の後半になって飛躍的に点数が伸びた。

丁寧と真面目は「伸びる素」

Yちゃん、そうだったね。これも話しているよ。

 

慶應大に合格したK君は高校時代に、深い勉強をしたようだ。

小林秀雄、坂口安吾、たくさん読んだんだってね。

去年、夫に書いてよこしたあの手紙、あたし、覚えています。

今の社会を、教育を、叫んで、もがいているような文面だった。

社会を取り巻く環境に怒っていた。

なぜだって!

そして、高校の名前ではない。高校の先生ではない。自分なんだ。

そう言っているような気がした。

怒りは学びを深くするんですね。

 今年の夫のチラシの文章です。

「私は思う。必要なのは反復練習の成果を競う定期試験の

点数ではなく、これからの世の中を見据え、

周りの人を、環境を、そして地球規模の行く末を考えられる子を

育てることではないか、その一助になりえないか、

そういう気持ちで塾を開いている」

期待しています、まさにそういう、あなたに。

2012年、3月、

卒業生の皆さんの優しさ、律義さ、ありがと。

うれしかったです、とっても。

 

14日、発表、

なんとも朝から落ち着かない。食欲もない。

えい!

あれだ。

食玩サンプル、を飾るか。

小さなケーキ、弁当、果物、薬品、フアミレス、

50はあろうか、仕切りにひとつひとrつ、気に入ったものを入れる。

卒業生のY君の結婚式の引き出物にもらったミニカーのケースを、

なんかこの日のためにと、とっておいた気もする。

3時までまだ長い。

有難いことに、その最中、

早稲田のMちゃんと東北大に合格したYちゃんが

午前中に、夫の好きな菓子を持参して

教室に遊びに来てくれた。

18歳の麗しき乙女、二人のおしゃべりは楽しい。

気が紛れました。ほんと。ありがと。

Yちゃんは塾のアシスタントしてくれると言う。

やっほ!です。

 

昼食、

夫と向かい合わせ、無言。

何か言えば心配につながる。

話はしないことにする。約束したわけではないけれど、暗黙の了解。

食べ終えて、ごちそうさま、一言言って

夫は無言で塾に行き、

私は家に残り、思った。

今頃、中3の親御さんはいかばかりか。

遅々として進まぬ時計。

 

やっと、3時。

それぞれの在校生に頼んであったから、

数分で合否がわかった。

全員とはいかなかった。

残念......。

胸が痛い。

どこか身体が痛い。

 でも、

思い直す。

あなたの選択に間違いはなかった。

  しかしそうはいっても15歳だもの、泣いているにちがいない。

やはり、泣いて電話が来た。

「お母さんは?」

「いないです」

「ひとり?」

「はい」

嗚咽が聞こえる。こんな時によく、電話をくれました。

なにか言葉を?

あなたは よくやりました。ほんとうに。

それなのに、ごめんなさい。力になれなくて......

 

泣かずに言うのが精一杯で、

不甲斐なくもこれしか言葉が出てこなかった。

 真っ赤な目の夫もそうだった。

 

(あなたは塾に毎日来て、よくやったのに、

蓋を開けてみなければわからない、合否は

思い通りには行かない。

でも、

悔しくて、高校で必死に勉強して医師になった人も、

会計士になった人もいる。

全員受かってほしい、

矛盾はするが、高校がすべてではない)

 

その夜、もう一度電話をした。 

「ねっ!

次に行こう、

喜びはすぐに消える。悔しさは残る。

3年後にさ、

塾の階段を上って、

先生、合格しました!

あたしたちに報告してね。

あなたならできる。きっとできる」

 私の声に

「先生......ありがとございます」

声が少し大きく聞こえた。

 ( いや、3年後でなくともいい。

この先の人生、なにか想いを遂げる日があって、

あなたが15歳のこの日を

そうだったな、笑って見つめる日がきっと来る。

祈っています、願っています。

今はまだ15歳のあなたに)

玲子

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2012年3月11日

卒舎式

3月8日

入試。みな無事に受験できた。なにより!

 

3月10日 卒舎式

昨日からアシスタントみんなのおかげで教室がきれいになった。

年に一度、教室が美しくなる日。

日頃の怠慢が恥ずかしくなる日、なのですが、

気持ちの上では私たちにとって大晦日。

大掃除して教室をきれいにしてもらうのは有難い。

日頃、だらしない私ではこうはきれいにならなかった。

 アシスタントの皆さん、ありがとう。台所、ありがと、Mちゃん。

 毎年、掃除はまだ、てんやわんやの卒舎式だが、

今年はそういうわけで、てきぱきと働くアシスタントのお蔭で、

開始午後4時を迎えることができた。

夫の手書きの感謝状も間に合った。

OK!始めよう。 

夫の両手でこさえた、丸が見えた。

入場の中3の名前を書いたプラカードを持つ小学生は

卒業生の子どもたちが多い。

32期生の、中3にも卒業生の愛息が2人いる。

 

毎年、私がピアノを弾き、

夫が中3に「これまで塾に通ってきてありがとう」の

(感謝状とは大仰だが)

卒業証書の「同文」ではないものを、書いて読むんです。

一見、同じことをしているように見えるが、

そのひとりひとりの想いは違う。

大切なお子さんを預かっていたのだなあ、今年も改めて思う。

親にとっては、大事な大事な我が子。

鍵盤を見ながら思う。

 どうか、

最後まで間違ってもいいから弾けますように。

祈った。 

実は昨日、1期生の整形外科医のS君のところに行ったのでした。

年に一度のピアノ、急に練習をするもんで、

左手が、夜、まんじりともできないほど、痛くなってしまった。

弾くたびに痛い。曲げても、伸ばしても痛い。

我慢して練習したから日に日に悪化したようだ。

どうしよう、なんとかしてもらわないと。

慌てて診察に。

もっと早くから練習していればいいものを、自業自得です。

レントゲンの結果、

「玲子先生、関節炎で水がたまっていますね」

 「ピアノを弾きすぎてしまって」

「なんでまた、急にピアノを?

......そっかあ、卒舎式かあ、そうなんだ、なにげに弾いていると思ったけど、

陰で練習してたんですね。知らなかったなあ」

なんか、こう、

君にも知れぬ奉公を、卒業生に慰労してもらったようです。

「痛み止めと軟膏出しておきますから、あったかくして下さい。

ホッカイロ、いいですよ。

弾かないわけいきませんもんね」

 そうなんです。毎年、そうやってきたのだし。今年だけ、CDというわけにはいかない。

もしや、CDの方が格段にいいのはわかっているけれど、

せめて才なき下手なピアノでも、私の気持ち。

義務教育終わったね。これまでありがとう。なんです。

どうか弾けますように。

 そう願って、弾きはじめたら、ホッカイロの温かさが痛みを和らげた。

はじめは指を動かすのも大変だったのが、

あら、不思議、そのうち、痛みがすっと軽くなった。

弾けるか、と危ぶんだことも嘘のように消えた。

(妄想余談ですが、30年も続けば、色とりどりの卒舎式の、

折り紙の飾りに誘われた

ちっちゃな、物見遊山の神様が、

今年もやってる?

.....また来たようで。

どうした?手?どれどれ?)

 

弾きながら今年、32期生、それぞれの1年を思い出す。

学校帰りに来て、10時頃まで、

毎日居続けたRちゃん、Yちゃん、とYちゃん

G君、K君、M君、N君、K君、Y君、R君、黙々と勉強して塾にいたね。

他のみんなもがんばりました。

みんなと塾で過ごした1年、長い人で6年、

笑顔、横顔、後ろ姿、ショットが脳裏を入れ替わる。

 

「玲子先生、見て。あたしのタイムカードが真っ黒。

なんだかこの頃、学校から塾に帰ってくる感じ!」とRちゃん

「あたしもです」とYちゃん。

そう、じゃあ、塾に来たら、おかえりだね。

「うん」

塾を出るとき、

玲子先生、いってきまーす。そう言ってくれた二人。

塾が好きです。今北先生を尊敬してます、作文に書いてくれたH君。

「いつの日か、お母さんに勉強しなさいと言われなくなりました。

そのように私を変えてくれた今北先生に感謝します」とYちゃん。

私たちへ、の手紙の中に、

「(小学生の時、いろいろあって)

相談に乗ってくれたことを、今でも覚えています。

あの時、玲子先生の涙を見て、私のことを想ってくれる大人がいるんだ、と

すごくうれしかったです」とNちゃん。

英語で、

「I´ve  never  forget  you.

I´m  a member  of  the  HOKUSOUSHA  foever.」とY君。 

「玲子先生」

内緒話でもするように、

「紫の袋、梅干し、食べて下さい」

今年の1月、国語の授業で、

「もうあと少しです。もうテレビは見ないでください。携帯もメールも

我慢してね。あたしも、梅干し我慢します。全員合格を祈って」

R君は覚えていてくれた。

発表終わったら真っ先にあなたの梅干し食べるね、

ありがと。

他にも、

竹刀に、額縁に、便箋に、ユニホームに

それぞれ塾の思い出が綴ってあった。

今年も忘れらない32期生。

 

待ってました、

小袁治師匠の出番です。

噺が始まる前の、枕、にいい話をしてくださった。

(小学生の頃、初めて落語を聞いて感動した話。

当時、おもしろい噺家がたくさんいたこと。でもつまらない噺家もいたこと。

なら、自分もできるのでは、と思ったこと。

高校の時、とりあえず大学に進学する友人の中で

噺家になるって決めていたこと。

弟子になるときの、師匠に贈った大型こたつのエピソード。

しかし、噺家になった今でも、

毎日、何かに追われるように勉強していること。きりのない芸の修行のこと)

そこは師匠、おもしろおかしく、話された。

どうして噺家になったか、なかなか聞けない、貴重な話だと思いました。

10代の夢、固く信じた夢、

叶えた夢の後にこそ、待っている惜しまぬ努力、

なにか、子どもたちに、伝えたかったのでは、と思いました。

師匠の人生を、 

塾生の子どもたちに、

(なあ、周りに流されるな。

自分にしかないものを見つけてほしいよ、

そして努力はきりがないんだよ)

師匠は子どもたちに言いたかったのかもしれない。

 ......勿体ないことでした。

 

 勉強だけではない。

子どもたちには

大人の生き方が必要で、親の生き方もそうだと思います、

違う大人の、

例えば、

芸に身を置く小袁治師匠のような玄人の身を削る生き方も、

血となり、肉となり、もしや骨となる。

32期生の中には

志ある15歳は多いんです、きっと、心に残ったと思います。

師匠、ありがとうございました。

 

噺が始まりました。「初天神」

(父親がお参りに連れて行った子どもに翻弄される噺。

何も買わないと約束させたものの、子どもの金坊はそうはいかない。

おとっつあん、飴買って、だんご買って。

父親は、「しょうがねえな」と買ってやる。

しまいに金坊、看板ものの凧買って!

根負けした父親は高い凧も買う。

買えば、当然、子どもは凧あげて、とせがむ。

仕方なく父親は、凧をあげることに。

だが、いざ、凧をあげてみると

意外に父親の方が夢中になってしまう。

あきれた金坊が

「こんなことならおとっつぁんを連れてくるんじゃなかった」

 

面白い噺でした。

当然、一人何役も演じ分けるのが落語。 

さっき話された、その毎日の努力がいかに大切か、

芸の修行はいくらやってもきりがないってことが

師匠の噺を聞いていて想いました。

 父親が怒りながらも、最後には子どもに

飴もだんごも買ってやる仕草、声。

(泣く子と地頭には勝てぬ、男親の優しさ、すっごく、出てました)

それに駄々をこねる子どものなんとしてでも買ってもらいたい、

無邪気さ、しつこさ、したたかさ、

前に座っていた、思い当たるのか、小学生が笑い転げていました。

 

成長するにつれて、子どもに知恵がつく。多少のことでは譲らなくなる。

古今東西、変わらぬ親子のやりとり、師匠は絶妙でした。

 

そして、親ならわかるんです。

ああ、あった、あった、あんなこと!

「今日は何も買わないから連れて行って」という子どもの約束。

嘘とわかっても

「ほんとね、今日は用事で行くから何も買わないんだよ」

念を押して言い聞かせてデパートに連れて行くが、

そんな約束は守らない。子どもにだって魂胆がある。

 「おもちゃ売り場を見るだけ。見るだけだから、そしたら言うこと聞くから」

絶対、見るだけよ。

そのうち、

 「いくらだったら買ってくれる?お母さん」

「今日は買わない、約束したでしょ」

「買ったら言うこと聞くから」と泣きだす。

ああ、いつもの手にひっかかってしまった、わかっていながら、

泣かれると弱い。向こうもそれを承知の上で、ここぞと泣く。

「じゃあ、500円までよ」

「うん!」

天上の、にこっ。

親になってまだ間がなく、

小さい子どもにせがまれ、駄々をこねられ、

困りはて、仕方なく、買ってしまったこと。

あった、あった、ありました。

 

そして、そして最後の、

夢中になって父親が凧を揚げるくだり、

見事でした。

見えない凧糸を手技で引いてみせる師匠。

高く高くあがった凧が私たちに見えました。

頭の上に空が見えました。大きな凧が風を孕んであがるのが見えました。

遠くで「おとっつあん」と呼ぶ子ども、金坊も見えました。

きっと、 

ご父兄の皆さんも、15歳の大きくなった我が子を前に、

あんな小さな頃があった。

金坊に重ねて、想ったと思います。

懐かしく、愛しく、

我が子を見つめているような気がして、

私もうるんで

子どもたちの遠いあの日を思い出しました。

親にも子どもにも

師匠の噺はとってもよかった。

今年も、お蔭さまでいい卒舎式になりました。

いえいえ、毎年でございます。

 今北玲子