2018年3月11日

3月

「3年後に階段を駆け上がって来て。
15歳の時の
約束を覚えていてやって来る18歳もいれば、
約束などしなかったけれど、今を報告してくれる18歳、19歳もいる」

3月某日
授業中にT君が入ってきた。
「いま、東京から帰って来て、北仙台駅から
塾に直行しました」
「どこか決まったの?」
「一つは慶応、もうひとつは、まだ」
1年浪人していた。

中3の入試の時に夫が全員に、手で削った鉛筆を贈る。
わからない時、この鉛筆を使えばわかる。合格鉛筆と呼んでいた。
T君は高3のとき、
中3のその鉛筆を持ってきて、験がいいので、削ってほしいとやって来た。
あれからまた1年が経った。

「慶應? おまえ、そんなに頭良かったっけ?」
頑張ッたんですよ、先生。

帰りしなに、先生に恩返しをしたいので、塾のこと手伝います。
うれしいことを言って帰って行った。

3月某日
高3、山形大合格。Hちゃん。
同じく、山形大合格。H君。
また、山形大合格、Mちゃん。(中3で書いた作文通りの学科だ)
おめでとう。
今年は山形、多い。
同窓会が開けそうです。

3月某日
1浪のK君も来た。
昨日、大阪外国語大に合格したとのこと。
中3の時、第1志望が残念で、
「3年後、階段を駆け上がって朗報を持ってきてください」

約束通り、朗報を持ってきてくれた。
そして、
「お借りしていたものです」
紙袋から、
ひつじのショーン。犬のピッツア、あと二匹が出てきた。

 
私の好きなショーンを教室に置いてありまして、
マグネットのショーン、犬のピッツアが、柱にはりついて居りました。
ある日、ショーンが居なくなりました。
後日、
お母さんから
「教室のショーンを息子が連れて帰って来てすみません」

その言い方に感じ入った。
「塾の備品を勝手に持ってきてすみません」
じゃない。
「連れて帰って」
その言葉にほのぼのとした。
連れて帰るほど好きなら、とK君の前に
大きな、といっても20センチほどのショーンを買ってきて
K君の座る席の前に、専属応援と座らせた。
「これを見て、入試を頑張って」
うれしそうだった。

K君には譲れない第一志望校があった。
ただ、内申が懸念された。
本番は過去最高の点数だったのに、
同じ高校の他の合格者より
点数は上回っていたのに、内申の枷に阻まれた。

「高校に行ったら頑張ります」
15歳の彼に、
「これは、3年後、受かりましたって言うまで貸すから。
勉強してね」
K君は「はい」と言って
ショーンと数匹を大事に持って帰っていった。
1年浪人したので、あれから4年、
その約束を守って、合格と共に
ショーンたち、を返しに来たのだった。

貸すというより、あげればよかった、あのとき、思ったが、
合格するまでのお守りと思って、貸すことにした。

私も
20センチのあのショーンに、K君の中学生の名札をつけて、
大学の朗報を持ってくるまで待っていようね、とピアノの上に置いた。

合格してきちんと返しに来たことが
うれしかった。
律義さがうれしかった。
忘れないでいてくれたことがうれしかった。

K君から4年前のショーンを受け取った。
あらためて大切に持っていたK君のことが思われて、
ショーンたちもなんだか今更返されても、と寂しそうで、
「このショーンの飼い主はもうK君だから」
返しに来たものを返した。
にこっと笑って、「ありがとうございます」
身長も伸び、少年から青年になって、
大きな手のひらに小さく見えるショーンを
4年前と同じように、大事にしまった。
私はこの場面をずっと忘れないなと思った。

3月某日
約束通り、恩返しをしたいと言ってくれたT君がアシスタントをしてくれた。
同じく浪人していたM君も来た。
M君、北大に合格。
二人でアシスタントをしてくれた。
気持があたたかくなった。

合格発表

私たちは、志望校は本人の気持ちを優先したいと思っている。
五分五分、四分六、本人には正直に言うけれど、
「最後は覚悟の問題だ」と夫は本人に委ねる。

今年も内申点が案じられる生徒や、家庭の事情を抱える生徒、
願書締め切りにやっと志望校が決まって、入試に臨んだ生徒。
納得行く選択だったと思ってもやはり心配だ。

結果は全員合格は叶わなかった。
私も夫も気が沈んだ。

その日の親の気持ちは分かる。
うちの息子たちは、公立は全敗だった。
考えようによっては、塾の先生の子どもが受かって、うちはダメだった、
というより、よかったのではと思うことにしたが、
子どもの涙は、今、思い返しても切ない。

合格が叶わなかったR君の家に電話した。
お母さんは、「先生、息子はやりきりました!」
そう言いきった。
すごいなって思った。子どもを信じた母の強さが耳に残った。

本人に代わってもらった。
「大学にいくつもりなら、3年後、合格の知らせを持って
塾の階段を駆け上がって来てね」
「はい!」
大きな声だった。

待ってるよ。R君。

塾の合格率を100パーセントに
するために志望校を諦めさせる気にはなれない。
この悔しさが明日につながることがある。
卒業生が教えてくれたことだ。

その後は、合格が続き、うれしかった。
しかし、3時過ぎても、4時になっても来ない生徒がいた。
K子ちゃん......。

悩みに悩んで一転、二転して志望校を決めた。
卒業生の二世である。小学校から通っていた。
夕食の準備で6時に帰る私を「お見送り」と言って
教室の階段を私のあとをとことこついて降りてきた。
「玲子先生、お気をつけて」
可愛い小学生の頃からつきあいだ。
受かったらすぐに連絡が来るはず。
ぴたりとやんだ携帯、
連絡がない。
4時半、「あいつがだめだったとはな」
夫は窓からずっと下の通りを見ている。
だめだったとしても必ず来る。
そう思ったが、来ない。

「来た!」
窓から通りを見ていた夫の声に
私も身構えた。
なんと言葉をかけよう。
母娘で教室に入ってきた。心なしか、K子ちゃんの顔が暗い。
聞くのも怖い。でも......。
「どうだった?」

「......受かりました!」
夫がへなへなと座りこんだ。
私もどっと安心して、
身体をカウンターに預けた。

「携帯より、直接行こうって思って。
ごめんなさい、先生、やっぱり連絡すればよかった」
卒業生のKちゃんがしきりと悔いているけれど、

いいの。そんなこと、いいの。

娘を、卒業生の母親をそれぞれ、抱きしめた。

合否はこの1年の15歳の成長をみる。
どちらも今後の糧となるにちがいない。

東京の同窓会に行くと、4年後、10年後、30年後の
教え子たちの人生に出逢う。
東京の皆さん、4月、夫と二人で行きます。

玲子






















2018年2月22日

塾日誌

塾日誌を始めたのはいつだったか、
たぶん夫が始めたのだと思う。
私も作文の上手下手ではなく、
書くということは思わぬ自分と会うことがあると思っていたから
夫の提案に賛成したのだろうと思う。
でもいつから始めたのか、記憶がない。
気がついたら、随分と長いこと続けてきた。
生徒が書いたら、私たちが返事を書く。
いわば交換日記のようなものでもある。

日誌は不定期で、
私たちの気が向いたときと言っていい。
定期試験が終わったとき、中総体が終わったとき、
初雪が降ったとき、汗だくで真夏の暑かったとき、
理由はなくて、
日誌を書く日はこの日と決めていない。

前期試験の全員合格が決まった日、
なんとなく、日誌を書いてもらおうかな、と思った。

その日はノートを渡したら中3全員が無心に
堰を切ったように鉛筆を走らせていた。

抜粋です。
K君、
(学校では前期で受かった人は
「やったー。もう塾にはお金を払った今月しか行かないでいい!」
という人もいたのに、ここでは当たり前のように合格した人が
来るような雰囲気で、
もし私が前期で受かっていたら塾に行かず、
友達と遊んでしまうと思います。
でも合格者がいると、みんなと一緒に頑張ってくれているんだと
思いながら、やる気が出てきます。
感謝しています)

Mちゃん、
(前期を無事合格させてもらって良かったと心から思います。
今の自分はほっとしています。
受験勉強という張りつめた気持ちから解放されたからかもしれません。
でも気持ちを緩めないように頑張りたいです。
合格できたのは間違いなく、この塾のお蔭です。
そしてこれからもよろしくお願いします)

Rちゃん
(今日は塾の大先輩が来てくれた。≪帰仙した卒業生が中3に差し入れを持って来まして》
その方はとても優秀な方だと知った。
今北先生の記憶に強く残るほど、たくさん勉強していたと聞いて思った。
私は前期で合格したけれどやりきれていない感じが残っている。
苦手教科がなくなるくらい、今まで以上に勉強したい。
これからもよろしくお願いします)

Hちゃん、
(前期で受かった人が全員来てくれた。
受けた人が全員受かるなんて本当にすごいと思う。
だから後期もみんなそろって合格したい。
後期の私たちとって良いプレッシャーになる。
その活力を4人はくれた。
だから絶対に受かる)

Mちゃん、
(まさか合格できるとは思ってもいなかったので、
自分の番号を見つけられた時は、信じられなかったです。
今まで毎日塾で頑張ってよかったと心から思います。
いつも受け入れていただきありがとうございました。
これから本番の仲間と一緒に最後まで勉強して
3月の卒舎を迎えたいと思います。
前期で合格して、塾をやめる学校の同級生もいるけれど、
私は仲間と離れてしまうのは寂しいと思っていました。
後期までみんなに負けないくらい勉強して、頑張ります)

S君、
(前に玲子先生が言っていた「あっという間に受験は終わる」
というのが分かったような気がした。
あの時はすごい長い道のりだと思っていた。
来年の、高1が語る高校説明会の日、
あっち側の席に座りたいと書いたが、
今日、前期合格して目標を果たすことができた。
来年は野球の練習や用事があっても
是非行きたい)

後日、
Rちゃん、
(お母さんが玲子先生のピンクの{前期試験」の文章を
読んで泣いていました。
お母さんは、前期合格した日も笑顔で、泣くことはありませんでした。
私は正直驚きました。
その日、初めて「塾に入れてくれてありがとう」と言いました。
紛れもなく本心です。照れますね)

15歳の想いは透き通った水のようで
心が洗われます。

前期合格のあった日から数日して
卒業生のお母さんにばったり会った。

この辺りを歩いていると、ご近所にご父兄が多いので、
会えば、就職しました、結婚しました、
孫が生まれました、近況を知る。

この時期に会ったご父兄は大抵、私たちを労ってくれる。
「2月、3月は大変ですね、先生」
私の答えも大抵同じで、
「今の時期はみんなのことは心配ですけど、一番いいんです。
15歳っていいんです。大人の会話ができますしね」

この日もご近所の卒業生のお母さんに会って、労ってもらった。
「先生、大変ですよね。この間、前期発表でしたね。どうでした?」
「みんな合格できました。すごくうれしいです」
「ああ、よかったこと!」
自分のことのように大声で笑顔で喜んでくれた。

「合格した生徒さんは来てます?」
このお母さんの娘も前期で合格して、最後まで一緒に勉強してくれた。

「みんな来てます。それがうれしいですね」
お母さんがあの当時を思い出すように、
「あのとき、娘が受かって、塾に行くというから、
他の人はまだなんだし、
邪魔にならないように行かなくていいんじゃない、と
言ったら、今北先生はそんなこと言ってないって叱られましてね」

お気持ちは分かる。
合格者を見て、羨ましい、いいなと思うだろう。
自分の娘が受験生のやる気を削ぐことを懸念されたのだ。

「玲子先生、
私、......
自分の娘が受かってうれしくて、
他の子どもさんのことを考えているようで
実は考えていなかったんですね。
今北先生に大事なこと、教えられたと感謝してます。
当たり前だけど、人はひとりでは生きられないもの。
年を重ねれば重ねるほどそう思います。
合格した人が来なかったら、それこそやる気がなくなりますよね。
あの子が最後までみんなと一緒に勉強して良かった。
あの子にとっても良かった」
「ありがとうございます。元気出ます」
頭を下げた。

その母さんは歩きだした。
振り向いて、
「これからも子どもたちに大事なことを教えてやって下さい。
今北先生、頑張って!
伝えて下さい」

人は一人では生きられないもの。
さっきの言葉を繰り返した。

玲子








2018年2月 9日

前期試験

2月8日
1月31日に行われた前期試験の発表。
内申点をクリアした者とはいえ、
そしてこれが駄目でも後期試験があるとはいえ、
受験すれば結果が気になる。

昨日
「ああ、明日か......」
誰かのため息が聞こえてきた。

発表当日、
私たちも落ち着かない。午後4時まで長いこと。
受験高の発表にはその高校に通っている卒業生に
見てくれるように頼んである。

午後4時40秒、
弟が受験した卒業生の姉から、「合格」の朗報。
連絡してくれた。

4時1分、卒業生から「ありました」との合格。
その後も「合格」が続いた。
うれしい。
今年は4人受けている。
3人までが合格である。

もう一人はまだだ。
卒業生が通っていなくて、本人からの連絡を待つしかない。
4時半を回っても連絡がない。
だめだったか。合格すればすぐに連絡するはずだ。
夫も私も
暗い気持ちになってきた。

5時過ぎ、
夫の携帯が鳴った。
「先生、だめでした」
そんな声が聞こえてきそうで、夫が携帯を持った時、
隣の部屋にいたが、駆け寄ることはできなかった。

発表から1時間以上も過ぎている。
律義に合否を連絡してきただけかもしれない。
諦めが大きくなった。

「おめでとう」
夫の声がした。

気持が途端に青空に変わった。
朗報の携帯に走った。
「玲子に変わるから」
私も携帯を耳に当てた。
本人の声を聞けば、うれしさも更に伝わってくる。
「玲子先生、受かりました!」(喜びの大きな声はいいものだ。)
「よかったね」
「はい」
この瞬間が一番うれしい。
「先生、これからもよろしくおねがいします」
「最後までみんなと一緒に勉強してくれるのね」
「はい」
気持のいい声が返ってきた。

夫が
「自分が受かればそれでいいのか。
一緒にやってきた仲間だろ。最後までつきあってくれよ」

常々言っていることが、伝わっているんだなあ。
気持があたたかくなった。

そして、6時、
中3の授業に合格した人もいつも通りに来て、
全員そろった。
この日は、家族で祝いたかったかもしれないのに、
そう思うと、
申し訳ないような、有難いような、
授業はいつも通りで、
でも、終わり際に夫が中3に向かって、
「前期全員合格。おめでとう!4人、立って」
笑顔で立った4人に、おめでとう、おめでとう、
祝いの声と共に
教室から拍手が起きた。
「こうやって合格した全員が来てくれた。
素晴らしい塾だ。そう思わないか。
もし、合格した4人がもう受かったからいいや、
来なかったら、寂しいよな。
来てくれてありがとう」
眼がうるんでいた、声もつまっている。
「鬼の目にも涙か」
夫の照れた言葉に、
中3の皆が、くすくす笑いながら、
赤い目の生徒が何人もいた。

仙台高、S君!
富谷高、Mちゃん!
宮城野高、Rちゃん。
七倍の倍率をすごいです。仙台一高、Mちゃん!
おめでとう。
あなたたちの努力と実力です。

玲子