2019年3月14日

2月・3月

2月
私立高校の合格があった。
全員合格!!
中3のみんなは、全員高校生になれる。
よかった。
少しだけ、春が来た。

3月の公立入試まであと僅か。
あと1カ月、がんばれ。がんばれ。がんばれ。

私立が終わると、
中学校に提出する公立志望校を決定しなければならない。
今の実力だけではない。
内申点もある。それは本人を援護する時もあれば、枷になる時もある。
内申点と第一志望の模試の偏差値をつきあわせ、
おおよその合否の現況を伝える。
あとは本人の気持だ。

第一志望に見合っている内申点と模試の現実、
親御さんの想いが合致していれば何も言うことはない。
でもなかなかそうはいかない。
力がついて来て偏差値が志望校の圏内でも、内申点が不安とか、
内申点はいいが、ここだという志望校が決まらないとか、
いろいろある。

Tちゃん。
「話があります」
どうしたの?
「志望校を変え......ようかと。......やはり、ずっと思っていた......高校にしたいので。」
とつとつと、うつむき加減で言った。
夫が明るく言った。
「中1からその高校を受けるのかと思っていたのに、
どうしてその志望校にしなかったのか、ずっと不思議だったんだ。
......わかった」
Tちゃんが、泣きだした。
ぽろぽろ、涙が止まらない。
何か悪いことでも言っただろうか。

Tちゃんの話は、(後で聞いた話も合わせると)
学校から、第一志望高の、その下の高校でも危ないと、言われていたから、
自信がなくなって、ずっと悩んでいたらしい。
思い切って親に相談したら、「受けてもいい」そう言われて、
最後に夫に自分の決心を話して、相談したかったということだ。

「それでいい。
実力はその高校に達しているし、それより、なんで、誰に、遠慮していたんだ?」

大人の一言は子どもの心を揺さぶる。
私たちも、合否を口にするのは学校と同じかもしれない。
ただ、少なくとも、総合点だけではなく、5教科を見ているので、その生徒の伸びる教科、
弱点分野、得意分野、細かな把握はしているつもりだ。
が、学校の先生という大人も、
塾という大人も口を出すことに変わりない。慎重にならねばと思った。

Tちゃんの実力は、明らかにその高校を受けるに申し分なかった。
中1からこつこつ定期試験を勉強し、
内申点も問題はない。今の実力も第1志望校に
挑戦するには充分。
「油断しないで、がんばれ。」
Tちゃんがやっと笑った。

試験は、受けてみなければわからない。
実力通り、順当に結果が出ることもあれば、
力があっても不運に見舞われることもある。
しかし、15歳の、初めての挑戦は、結果如何に関わらず、
涙も笑顔も滋養になる。
無理矢理、変えさせられては悔いが残る。

4時半、(小学生の授業から)夜10時過ぎまで、
ただひたすら、勉強する中3の姿は愛しくなる。
全員合格、ただただ祈る。

入試が近づくと、卒業生の差し入れが増える。
大学が決まったとか、報告がてらの差しいれ、高3のみなさん。
去年の必死の毎日が思いだされ、「みんながんばって下さい」と高1のみなさん。
たくさんのキットカット!ありがとうございました。

3月5日
いよいよ、入試前日。
夫は理科の、過去問を集めて、大きな紙に張った。
それを食い入るように見ている生徒、漢字を復習する生徒、
長文和訳に余念のない生徒、
その中に、推薦合格で、もう勉強しなくてもいい生徒も混じっている。
最後まで、一緒に!
夫の気持を汲んでくれた生徒で、
入試前日まで皆と共に勉強してくれた。ありがとう。

入試前日の中3の授業を夫がするので、
今日は、急遽、小学生の授業は算数から国語に変更した。
元気のいい小学生の皆さんに、お願いした。
「明日は公立高校入試だから静かにね。協力してね。
そして祈って下さい。
祈りというのは、一人より二人、二人より三人、みんな、
隣の教室の中3に、祈ってね」
(姑の言葉なんです。いい言葉だなっていつも思います)

ふーん、という感じだった。
ピンとこないって感じで、なんで、入試だから静かにするのかという顔だった。
中学生になるのも遠いのに、高校入試なんて、もっと遠いという小学生だった。
授業は漢字の復習プリント、文章問題、あとはかるたをやめて、
まんが歴史シリーズを本棚から出し、読んでもらうことにした。

ひとりの小学生が、
「ぼく、中3の教室に入ってわかった。しんとしてた。だから静かにできる」
もう一人、
「よくわかんないけど、本を読むならいいよ」
もう一人、
「玲子先生、明日、がんばって下さいって言ったら?」
なんだかその一言、うれしくて。
「言おうか」
「うん、言おう」
そういうわけで、国語の授業が終わって、
ぞろぞろと小学生が隣の教室に入った。
夫の講義を聞いて、黙々とペンを走らせ勉強している中3の背中をじっと見ていた。

「小学生のみんなが、激励したいそうです。振り向いて下さい」
一斉に中3が振り向いた。
何事かと振り向かれ、見つめられて、臆したようだったが、
「せいの!」
「明日っ、試験、がんばってくださいっ!!」
声を限りに張り上げた。大きな大きな声だった。
ふいの激励ににこっとする生徒、ありがとなっ、と手を挙げる生徒、
姑に教えられた、「一人より二人、二人より三人」
中3のそれぞれの入試前日の不安な気持が、
一瞬でも、吹き飛んでくれればと願った。

中3の授業が終わり、
姓名のひと文字を夫がカッターで
削った消しゴムを一人一人に渡す。
奮闘する入試最中に、
机の上に、自分の名前が入った消しゴムがある。
そばにいてやれないけれど、ここで見守っているから、
がんばれ。
応援と合格祈願の消しゴムです。

渡し終えたら、中3は帰宅する。
毎年、この時間帯が切なくなる。
がんばって、何度言っても、言い足りない。
「なんとしてでも、なにがなんでも合格して下さい」
思いを託した。
夫は、何も言わなかった。

今日まで、よくやった!
自信を持って、がんばってこい!
いいな!
そう言いたい夫の胸中はわかる。

「人は何も言わなくとも気持ちは伝わる」
(大好きな祖母の口癖が浮かんだ。)

帰り支度をして、教室を出るドアの前で
「いってらっしゃい」
声をかける。
「行ってきます」
「がんばってきます」
誰もがそう言ってドアの向こうに行き、階段を下りる音が聞こえる。

女子生徒が固まってタイムカードを押していた。
「いってらっしゃい」
「がんばります」
何か別な言葉がほしいな。
「こういうとき、(勝鬨)エイ、エイ、オー、ってしたいね」
そう言った。
私に野太い声があって、声量があって、ドラマチックに威勢よく、
送り出せたらいいのに、と思った。
女子生徒は小さく、少し、恥ずかしそうに、
「えい、えい、おう」
笑いながら、肩まで片手を挙げた。
私も、心の中で、大音量で叫んだ。
(エイ、エイ、オウー)

今日は隣の教室に高1が来ていた。
卒舎式の感謝状に奉書用紙を使うので、夫が書きやすいように
折ってくれている。

「毎年、中3が帰るとき、なぜか涙が出るのよね。」
私が高1のグループに近寄って話したら、
高1のMちゃん、
「わかります。わかります。私も、今、涙が出ました。」
赤い目をしていた。
「私も......」
Rちゃんも目がうるんでいた。。
高1全員が、うんうんと頷いた。

去年はわからなかったろう。
一年経って、送り出す気持を、感じてくれたのだ。
私たちの想いを
共有してくれた16歳のみなさん、ありがとう。

3月6日
入試は終わった。
誰一人欠席せず、無事に終わって良かったが、発表を考えると今度は
合否の心配が始まる。
問題の読み間違いはなかったか。漢字は書けたか。実力通りにいったか。
きりがない。

3月9日
卒舎式。
中3全員にあてた文章が、やっと昼前に仕上がった。

学校の卒業証書は代表以外は「以下同文」です。
そうしたくなくて、始めたものです。卒舎証書ではありませんが、これまでのあれこれを
毎年、夫婦で綴ります。中3の皆さんも、今までのいろいろを綴ってくれます。

そして、「今日まで大切なお子さんを通わせていただき、ありがとうございました。」
親御さんに感謝申し上げる日です。
卒舎式に出席のご父兄に、夫と二人で頭を下げる日でもあります。

いただいた中3の文章を少し。
「進路について悩んでいた時は、私は今北先生たちに相談するかどうか、
悩みました。学校の先生のように、相談したらまた何か、傷つくことを恐れたからです。
しかし、学校の先生とは違いました。正史先生と玲子先生は私の中1からの目標を
理解し、勇気を与えて下さいました。あの時、相談していなかったら今頃、私は
後悔しているに違いありません。本当に感謝してもしきれません。)

もう一人。
(朝、目が覚めて学校に行き、北剏舎に来て勉強する。毎日がその繰り返しでした。
大変なことではありましたが、それよりも楽しさが大きかったから、最後まで続けることが
できたのだと思います。正史先生がいなければ、私は成長することができませんでした。
玲子先生がいなければ、ここで頑張ることができませんでした。北剏舎がなければ私は本気で
学ぶことの楽しさを知ることができませんでした。)

もう一人。
(この塾に来て、きちんと叱ってくれ、見守ってうれる正史先生や玲子先生がいたから、
勉強から逃げていた私が、勉強と向き合うことができました。進路が決まらず、
悩んでいた時も、親身に相談に乗ってくれ、全力でサポートしてくれました。)

≪私たちが良いわけではない。こう言ってくれる15歳の心根が良いのです。
勿体ない言葉が心にしみました。また、私たち、頑張れます。≫

最後に、
(今まで通っていた塾では、宿題を忘れても「次、やって来てね」くらいで終わって
いましたが、ここではそうはいきません。本気で怒られます。しかし、すべて
自分たちのためを思ってのことだと思うと、感謝の言葉しかありません。
英語の長文はさんざんでしたが、今北先生のお蔭で受験勝負できるレベルにまで
あげることができました。
今通っている中学は学年で半数近い人が、ナンバースクールといわれる学校を
受験します。ナンバーじゃない奴は下に見られ、学力がない人は差別されます。
学力だけが人を量るものではないのに。
偏差値の高い学校に行って人を下に見る人に、私は負けません。
偏差値がすべてだと思っている人に、私は負けません。)

15歳は大人じゃないけれど、大人です。
この痛烈さを失ってほしくない。
振りかざすでもなく、挑むわけでもなく、
「私は負けません。」と言いきった。
深く、深く、心に残った。


卒舎式プログラムがすべて終わり、
いよいよ小袁治師匠の一席が始まりました。

「初天神」
(初天神に行こうとしていた父親が息子に見つかってしまいます。
あれ買って、これ買って、とせがむ息子を、連れて行きたくはないのですが、
渋々、連れて行くことになります。
案の定、いろいろとせがまれてついに凧を買ってしまいます。
子どもの頃の凧上げを思いだし、夢中になった父親は、子どもに凧をさせません。
「ああ、こんなことならお父さんを連れてくるんじゃなった」)

初天神は二度目です。
師匠の子どもがものをせがむ声、表情、よく捉えていて、
師匠があどけない子どもに見えました。
最後の凧上げの場面は、脳裏に高々とあがる凧と、空が見えました。
どこまでも続く空が見えました。すっきりとした青空でした。
話芸の素晴らしさはこういうことかと、感動でした。


発表
仙台二高、宮城第一高、泉館山、仙台高、合格おめでとう。
(前述のTちゃん、合格です)
でも全員合格とはいかなかった。
一生懸命に勉強したのに、叶わなかった生徒がいた。
もしや、内申点の枷だったか。
実力通りに行かなくて、胸が痛くなる。
いっそ、本番だけで合否を決めてくれればいいのに、と毎年思う。
制度を嘆いても仕方がない。

明日の先、そのまた明日のその先に、希望があることを
祈ります。
三年後、塾の階段を駆け上がってきてほしいです。

今年、
駆け上がって来たのは、
志望大学を夢見てがんばったSちゃん。
憧れの早稲田、合格。
諦めず、貫き通しましたね。
あなたの笑顔が涙でぼやけて見えませんでした。

浪人を宣言しに来た、Aちゃん、A君。
来年の朗報、待っています。

現役東北大、合格、おめでとう、T君。
4月からのアシスタントに決まりです。

始まれば終わる。
終われば始まる。
新しい学年になる小・中学生の皆さん、
あなたの力になれるよう、役に立てるよう、
気持を新たにしています。
新しい高校、新しい大学、に進学する皆さん、
そこにあなたの希望がありますよう、祈っています。

玲子











2019年1月 1日

おめでとうございます。

12月31日

いずれの科も悔いも「年の神様」にお納めして、
除夜の鐘を聞きました。

そして
1月1日
皆さま、明けましておめでとうございます。
今年もどうぞ、よろしくお願い致します。

塾生のひとりひとり、ご縁で出逢ったことと
感謝いたしております。
成績だけが 子どもの成長ではないと思いますが、
それでも、出来ないところが分かり、
分かれば勉強は面白いと思ってもらえるよう、
精進したいと思っております。

冬期講習中に差し入れをしてくれたK子ちゃん。
メッセージカードに「ラストスパート」の言葉、
それぞれ違う手描きの絵を添えて
生徒の分だけお菓子を透明な袋に詰めて、
その時間と労力に感動でした。
心がこもっている差し入れに
「すごい!」
「わあ!」
「見てこれ、かわいい」
小さな声を拾うと、
中3の心に応援が届いたんだなと思いました。
ありがとう、K子ちゃん。
あなたが去年、志望校が決まらなくて、悩んだ日々を
思いだします。
きっと自分と同じような中3がいるかもしれない。
何もできないけれど何かしたい。
とにかく、あと少し。
「ラストスパート」
がんばって!
そう思ったのかどうかわからないけれど、
小さなお菓子の袋を全員に持って来てくれたことは、いくつになっても
中3のみんなは忘れないと思います。

冬休みに帰省した卒業生にも感謝でした。
アシスタントを引き受けてくれて、
助かりました。
山形からH君、ありがとう。
同じく山形、M子ちゃん。ありがとう。
M子ちゃんが
「北剏舎のプリントが捨てられなくて、
まだ、段ボールにとってあります」
そんなことって、うれしかったです。

会いたかったQちゃん、大阪からありがとう。
(ショーン、ありがとう。)

遅れて帰省した大学生も
「これから仙台に帰りますが、冬期講習に間にあいますか。」
携帯で聞いてくれたり、
「帰ってきました。なにか手伝うことはありませんか。」
教室まで来てくれたり、
その気持ち、うれしいことでした。
ありがとう。A君、H君。

誰かに助けられ、気にかけてもらって、
そうやって暮らしていると実感でした。

今年も至らぬことが多いかもしれませんが、
よろしくお願い申し上げます。

玲子







2018年8月 2日

夏から秋

7月後半
夏期講習が始まった。
午前は小学生、午後からは中3、中2、中1、
私たちも忙しいが、子どもたちも忙しい。
部活、塾、夏休みは普段よりまして忙しいようだ。
中1・2の夏期講習は前期のおさらいに始まり、
拾いきれなかった単元の復習と定着、
中3は8月初めの模擬試験に向けて講習を進めた。
それぞれの弱点に
向き合う。
一つでもわかってくれればうれしい。   

一日中、教室にこもって過ごした、
あっという間の夏でした。

9月
夏休みが終わり、今度は休み明けの実力テスト、定期テストの
準備が始まる。

次から次へと何かが終われば何かが始まる。
子どもたちも大変だなって思う。

しかし、待ってはくれないテストとその評価は
塾の評価と相まって気が抜けない。
現状維持ならまだしも、下がり続ければこの塾でいいのかと
ご父兄は考えられる。
1点でも多く、と思ってしまう。
家で勉強ができない子どもたちは多い。心配だから土曜日曜も塾をあける。
なかなか塾を休みにはできない。

試験前は、夫は教室を走り回り、一人一人の勉強の様子を覗きこみ、
「これは後にしろ。まず、教科書の問題をやれ」
「間違った所が先。丁寧に」
「質問をしろ。質問ができるようになったらわかって来たんだ。粘れ」
大声を出す時もあり、
試験前の教室は、夫の迫力で子どもたちもぴりぴりです。

9月の或る夜、
中3のA君が「先生に話がある」とのことで、
夫と二人で話を聞いた。
「学校に疲れてしまって......、学校の先生は出来る人が大事で、
出来ない人を相手にしないし。
.....学校に行きたくないです」

学校の体質や、勉強に身が入らないことや、
音楽を聞いている時が一番安らぐこと、
いろいろなことを語ってくれた。

身につまされた。
私たちも学校同様に、子どもたちの出来不出来を追いかけ回しているのではないか。
決して、テストが悪くてもいいよ、とは言えない。
前回より、少しでも上がってほしいと願う。
当然、塾に通わせている親御さんも願っているだろう。

子どもたちは疲れている。
その声を聞いた。

大人は良かれと思って励ます。
勉強に身が入らなければ活も入れる。
それを受け入れられる子どももいれば、そうではない子どももいるのだ。

「お前の言うことはわかった。
つらかったら学校にいかなくともいいんだ。
お前は自分のことを出来ないと言うけれど、お前の話は
相手に伝わる。それだけきちんと話せるのはすごいことだぞ」
夫が言った。
私もそれは感じた。
15歳の心を癒す言葉、これというものが見つからなかったが、
「学校みたいに塾がつらくなったら言ってね。どうしても休みたくなったら言ってね」
それだけは言っておきたかった。

十人十色というが、
かたや、
上昇志向があって、定期テストは高得点を目指し、
意中の高校に向けて、ひたすら、勉強する子どもがいる。
定期テスト前に、教科書を読め、と言われれば、
丁寧に読み、テスト範囲の隅々まで勉強し、終われば、次は何をしたらいいのかと
夫に指示を仰ぐ。
一途に、切ないほどに、自己を高める努力を怠らない。

もしや、疲れているのかもしれないと思うが、
疲労を勝るものがあるようだ。

今回の9月の定期テストでは
確実に点数を伸ばした生徒は多い。
学校は違うが、
順位がひと桁、(1番、2番、5番)、
もう一人の2番、(1番とは1点差だった)、10番台、20番台の
黙々とひたむきに、勉強する子どもたちがいる。

勉強が自分の希望につながるものなら、
「よくやりました!」
慰労したい。
「がんばったのね!すばらしい」
努力に敬意を表したい。
目標を立てても強い意志がなければ達成できない。

親なら、勉強や部活、何かに打ち込んでいる我が子と接しているのは
気分がいいと思います。私たちもそうです。

しかし、部活もそこそこ、
勉強はというと、やる気は一向に見えない。
大人は、やきもきする。
「一生懸命に勉強しているのなら、成績が悪くともいいんです」
そう言う親御さんは毎年いる。
我が子の懸命な姿を見たいのが、親の思いです。

本人はやる気がないのではなく、その子にとって学ぶべき量が多すぎるのではないか、
と、思うことがあります。
たとえが、適当か、わかりませんが、
栄養価、バランスを見て、この時期にこれくらいは食べさせたい。
考えられた料理が大テーブルにこれでもかと並んでいる。
ひと品ずつ、食べた量がその子の評価としましょう。
より多く、食べた子どもはポイントが上がる。

見ただけで食傷気味で、食べられるものだけ食べた子の評価は下がる。
ある子にとっては、大量すぎてうんざりの食卓が、
テスト勉強のような気がするのです。
その子に合った、少しずつ量を増やすというカリキュラムは学校にはない。

中2になったY君は、小学生からのつきあいで、
いつだって機嫌がよく、よく笑い、部活の様子を
楽しそうに話してくれ、プロ野球、高校野球選手のポジション、
出身校、大人顔負けの生き字引のような記憶力の、
気持のやさしい、生徒です。
ところが、勉強となると、にらめっこ。ため息です。
テーブルのメニューの量の多さにうんざり、といった感じです。

夫が、これだけ、やろう。これができれば次もいける。
中1から言い続けていました。少しずつ、理解していくということで、
数学は一次方程式に力を入れたようだった。

中1の一次方程式が解けなければ、中2の連立方程式も解けない。
中2になったら数学がもっといやになるだろう。
夫は案じていました。
それが今回、一次方程式がわかり、連立方程式が解けるようになりました。

夫が
「すごいな。できるじゃん!」
そう言ったら、
Y君は、何も言わなかったけれど、にこにこしていたと、その夜話してくれました。
夫は、
「テストの点、順位、評価の基準にY君は、当てはまらないかもしれないが、
子どものわかる喜びを痛烈に感じた。その子のわかった喜びは評価に反映されない。
親や学校にも伝わらない。
Y君のわかった喜びは本当の意味での学力向上なのだろう」
そう言った。
うれしそうだった。

数日後、
9時半過ぎ、塾の帰り道、八百花の前の横断歩道で待っていると
信号が青になって、歩きだした。
後ろから、一台の自転車が私を追い抜いたと思ったら、
「玲子先生!さようなら!」
声でわかる。Y君だ。
黙って通り過ぎても、夜だからわからないのに、律義です。
「やったね、Y君」
走り去る自転車の後ろ姿に手を振った。

まさに十人十色、
どの子がいいとか、どの子が悪いわけではない。

もし、学校に疲れていたり、
学校が居心地の悪い子どもたちには
勉強がすべてではない、学校がすべてではないと言いたいです。
遠回りしてもいい。
自分の道を探したらいいと伝えたいです。

私たちが、
どの子にとっても、その一助になれたらと思います。

30数年前、
私たちは東京の練馬で塾をしていた八杉晴実先生に出逢った。
当時、開塾してまもない頃で、
学校は、正しく子どもたちを導く場所で、塾は必要悪というイメージがどこかにあった。
子どもの遊ぶ時間を奪っているとみられる風潮もあり、
夫は、俺は裏街道を歩いている、とよくつぶやいておりました。
そういう時期に八杉先生の著書を本屋で見つけ、逢いたいと夫は上京したのでした。

何があったのか、東京に一泊して帰宅した夫の顔が明るく、いい顔で驚いた。
先生との出逢いが、夫の気持を変えたようでした。

八杉先生は先見の明があって、
大手の新聞社の論客やマスコミが、今の教育の実情と先生の考えをこぞって聞きたがった。
先生は気さくで、北島三郎の「祭り」がプロの歌手みたいに上手で、
お酒が好きで、情にもろく、
授業が抜群にうまくて、
多数の八杉先生の著書は、小説家かと思うほど、心に染みた。

私が「八杉先生の文章が好きです」と言ったら、
「玲子さん、文章に、騙されちゃいけないよ。信じちゃいけないよ。人は文章じゃくなくて、顔なんだ」
子どものように笑った。
八杉先生、私が呼びかけると、
「先生と呼ばれる人が一番、あぶない」
内緒話のように言って、また笑った。
魅力的な人だった。
夫が八杉先生に逢っていい顔になるはずだと初対面で思った。

その後、不登校や学力遅れを支援する「家族ネットワーク」をたちあげ、
子どもを支援する人たちを全国に呼び掛け、募った。
大手ではない私塾、小児科医、弁護士、精神科医、カウンセラーの多くの人たちが
支援する手を挙げた。
今も「家族ネットワーク」「支援塾ネット」は続いている。

八杉先生の精力的な活動は続いたが、50代を半ばにして亡くなられた。
その後は夫が「家族ネットワーク」「支援塾ネット」の世話人を引きうけている。

八杉先生は仙台で何度も不登校の集会を開き、マイクを握った。
毎回100人余りの不登校の親御さんに、力強く、優しく背中をさするように
「不登校は病気ではありません。怠学でもないんです」と話した。
その後、文科省は「不登校はどの子にも起こりうる」と認めました。

ある仙台の集会で、八杉先生は
「学校が本妻で、塾は愛人ではないんです。
学ぶ窓口はいくつあってもいいんです」
おっしゃった。
そして、八杉先生が亡くなられて、お別れの会にどなたかが、
「生前、八杉先生は、自分は焼き鳥屋、客の好みに合わせて焼き方を変えると話していました」
と偲んだ。

今、その言葉に納得する。
勉強したい子ども、自分の将来を夢見る子ども、
学校に疲れる子ども、勉強を強いられ、くたくたになっている子ども、
息苦しい学校に行かない子ども、学校に背を向ける子ども、
客に合った焼き方とは、その子どもに合った学び方、
(教え方とは傲慢な気がするので)
つきあい方がある。
そう思う。

9月の或る夜のA君の話の続きですが、
A君の話が終わったのは夜10時も過ぎていました。
私は一足先に教室を出て、玄関から外に出ると
小雨が降りしきっていました。
あわてて塾から傘を出して歩き出すと、
日中と違って、塾の前の道は、
時折、酔客はいるが、人通りも絶えてひっそり。
ドトールを過ぎた先の、自転車置き場の隅に、
止めた自転車のサドルにまたがり、小雨をしのいで
フードを頭からかぶっている人が、ひとりいた。
あれ?
小走りに近寄って見ると、やはり中3のS君だった。

傘を差しかけ、「A君を待っているの?」
と訊いた。
「約束したわけじゃないんで。勝手に待っているだけなんで」

私に早く帰らなかったことを注意されると思ったのかもしれない。
「約束をした訳じゃないんで」
本当だろう。S君は長文和訳が妙訳、穏やかで、心根のいい正直な生徒だ。
S君はフードを手で目深におろし、「勝手に待っているだけなんで」
繰り返した。

そうじゃないの。

「こうやって友達を雨が降ろうと、帰らず待っている
あなたの気持がね、......」
そこまで言うと目がうるんだ。

A君がなかなか出てこない。
待っていよう、一緒に帰ろう、そう思ったのだろう。

「約束しなくてもまだ塾に残っている友達を待っている、
あなたの気持があったかくて。なんか感動してしまって。
いい光景をみせてもらった。ありがと」

口数の少ないS君は、少し照れてフードに隠れた顔を下に向けた。

数分後にA君が出て来る。
雨の中、止めた自転車に乗っているS君に気づく。
「待っててくれたの?」
「うん、帰っか」
「うん」
並んで自転車を走らす。

学校や勉強に疲れたA君が、
約束したわけjじゃないのに、
雨の中、自分を待っていてくれたことを
知ったら、少し元気になるような気がした。

10月
小袁治師匠の独演会も近づいた日のこと。

(師匠は毎年、卒舎式で落語を一席、子どもたちに聞かせてくれる、
私たちにとっては30年来の恩義のある方なんです)

小学5年生の授業が16時半からで、
教室に入ると小5の皆さん、お揃いで、でも騒がしい。
一斉に訴える。
「おれが助けに行く」
「あれじゃかわいそう」
「あれはかわいそう」

どうしたの?

窓際のH君が、
「見て見て。先生!」
H君の指差す方を見た。

「まあ、あれはかわいそう」
私も言った。
でしょ?
でしょ?でしょ?
5年生の全員が「でしょ?」の連呼。

小袁治の会の玄関に張ってあった黄色のポスターが
風に飛ばされ、北仙台駅のバス停の前、
道路の中央に張り付いていた。
ひっきりなしに通る何台もの車に、ひかれていた。
二階の窓から道路に張り付いたポスターを発見するとは
H君は目ざとい。

子どもたちは
「小袁治さんのポスターが、かわいそう」
「助けなきゃ」
そういうことだった。

「玲子先生、小袁治さんのポスターを助けに行く。おれが行く!」
「だったら、おれも行く!」

いやいや、あなたたちを行かせる訳にはいきません。

教室を出た。
「先生、行くんだ。助けに行くんだ!!」
背中に声を聞きながら、
はい、私がすぐに助けに行きます。

夕方16時半、右から左から二車線を行きかう車は、
途切れることがない。
ポスターが落ちている場所、道路の中央にはなかなか行けない。
やっと、車が途切れたのを見計らって、ポスターに到着。
手をかければ、ぺらっとはがれると思った。
甘かった。
ラミネート加工したポスターの裏の両面テープががっちりと
道路に張りついて、一分の隙もない。
しゃがんでポスターの端を捕まえた。
これで一気にはがせると思ったらこれまた、甘かった。
ポスターの上を何台も車が通ったから、両手で引っ張っても
頑固にくっついて離れない。

力いっぱい、何度も引っ張る。だめだ。
もう一度、
3分の1、はがれた。
まだまだ。
バスが目の前を通り過ぎた。
あと半分、腰を浮かせて力を入れる。
大根でも引きぬくような中腰になる。
もう少し、
ポスターが大分、浮いて来た。
よし、もう一回、もう一回、あと少し、もう一回。
やっと、めりめりと音を立てて道路からはがれた。
救出、成功。
車が多くなってきた。バスもまた、うしろから来た。
あぶない、早く、教室に戻らなきゃ。

教室のドアを開けたら、K君がぱちぱちと私を見て拍手した。
「なかなか、はがれなかったのよ」
皆にポスターの裏を見せながら、訳を話すと
子どもたちが交互に言った。

「先生、そういうことじゃなくて。おれ、あぶら汗、ひや汗!」
「大胆すぎる。こわすぎる!」
「車が何台も、先生の横を通った!」
「バスの運転手さんがめっちゃ見てた!」
「動画、とってる人もいた!」
「先生、ユーチューブにのったらどうする?」
「危険な人の塾とおもわれたらどうする?」
「危険な塾には行かせないっておもわれたらどうする?」
「危険な塾はやめようっておもわれたらどうする?」

でしょ? でしょ?、が
どうする? どうする? って言われても、今更、私、どうする?

確かに、子どもたちの言う通りだった。
北仙台駅の大通りの真ん中で、私はポスターはがしに
夢中になっていた。
せわしなくしゃがんだり、立ったり、
ドライバー方々には迷惑千万だったにちがいない。
なにしてんの?
バスの運転手も見ますよね。
「ねえねえ、見てこの人。危ないよね」
動画をとって、誰かに見せたくなった、なんてこともありますよね。
すみません。

でも小5の子どもたちが、小袁治師匠のポスター救出に
まるで師匠を助けたみたいに笑っていて、ほほえましかった。

小袁治師匠!
10月12日(金)は、
師匠のポスターを心配してくれた子どもたちも行きます。
全塾生を連れて行きます。

玲子














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