2021年5月11日

雑感

4月某日
18時半過ぎ、中1のB君が入ってきた。

「あれ?今日は授業ないよ」
「......」
「どうしたの?」
「......親とけんかしたんで......」
片手で涙目をこすった。


「そっか」
B君、
「塾にいていいですか?」
「いいよ。何時までいる?」
「21時半」

親と喧嘩して塾に来てくれるなんて、うれしいです。
「じゃあ、勉強しようか」
「うん」

正負の計算のかっこをはずす、まだできていなかったし、英語の暗唱もまだ残っている。

「数学と英語、私と一緒にしようか」
「うん」

いつもなら授業が終われば、手早く帰り支度を始め、一目散に教室を出る。
まして授業日以外に、誘っても勉強するのはなんとしてもいやだったのに、
今日はいたって素直。

英語の教科書を私の後について読む。
今年から新しくなった教科書はどの学年も難しくなった。
中1の英単語は2倍に、
中2も、中3の単元が入り、中3も高校の単元が降りてきている。

Do you  like  baseball ?
be動詞もままならぬのに。

中1の初めての定期試験がアルフアベットと名前が書ければ御の字なんて、遠い昔のこと。

まず、教科書を読めるようにしよっか。
Åer  you from  Sendai?
Yes, Ⅰ do.
よく見て。Yes, Ⅰam.
 
英文が読めないことには先に進まない。

B君は何度も何度も、私の後に続いて読む。
ほどなくして、読めるようになり、日本語を見て、
英文で言えるようになった。
暗唱OK。

次は、数学。
正負の計算のかっこをはずす。
符号があやふやだったのが、それもできるようになった。

途中、B君のお母さんから電話あり。
母親は塾の卒業生です。
「玲子先生、塾に息子、いる?」
「いるよ。親と喧嘩したって聞いたけど」

「塾にいてよかった。......喧嘩しちゃたの」
「聞いたよ。なんでけんかしたの?」
「態度が悪かったし」
いろいろあったらしい。

ありますよね。
わが子の態度。
ふてたり、親を無視したり、
何を聞いても生返事、勉強しないでスマホやゲームだとか。

「今から迎えに行こうかな」
息子が出て行って、急に心配になったらしい。

「今、一所懸命に勉強してるから。しばらくこのままで。
21時半までいるって言ってるから、預かるから心配しないで」
「先生がそう言うなら。でも、いいんですか?
授業でもないのにいさせてもらって」

「いいよ。勉強したいときにいつ来てもいいんだから」
「じゃあ、21時半に迎えに行くからって伝えてください」
「はいよ。B君と一緒に勉強するのは楽しいよ」

それは本当で、
「勉強、嫌いなんで」
B君は小学生の頃から口癖のように言っていた。
それが今日は嫌がらず、黙々と勉強する姿は
感動する。
嫌いな勉強が少しわかりかけたように思う。

21時を過ぎた。
来てから2時間以上は経つ。
私に21時半までいると言った手前、無理しているかもしれない。
中1だもの、疲れて家に帰りたいのかも。

ところが、
「あと、何すればいい?」

「暗唱ができたら日本語を見て、暗写って言って、
英語で書けるようになったらいいね。定期試験は、暗唱ができても
綴りが書けなければ点数にならないからね。」

「わかった。」
ひとりで何度も単語のつづりを練習し始めた。

勉強しながらでも母親のことは気になっているに違いない。
B君の心中を想った。

「21時半になったら、お母さんが迎えに来るって、さっき電話があったよ」
B君の顔がぱっと明るくなった。
「マジで?」
「マジで」

友達でも兄弟でも、親子でも夫婦でも、行き違って、
分かってもらえなくて、喧嘩になるのはやはり、なんだか悔しいし、悲しい。

子どもは親に叱られるのが怖い。でもだからといって
理解してもらえなければ反抗もする。爆発もする。

私はぶつかるのはいいと思う。
ぶつからないのは、どちらかが我慢している気がする。

「子どもとぶつかるのはいいと思うよ」
さっきも卒業生に言った。
ぶつかれば、わかる。
母親といえど、
あんなに怒らなくともよかったかな、とか、
もしや気持ちをわかってやれなかったかもしれないとか。
少し冷静になれば親も反省もする。
急に、わが子が愛しく切なくなったりする。

B君のお母さんのことは卒業生だから中学時代から知っている。
気持ちが優しく、面白くて、つらいことも笑いにしてしまう。
昭和一桁のたくましいばあちゃんの言葉だったらしい。
(こぼしてもどうしようもないから、おもしぇくしたほうがいい)
仙台弁で(愚痴をこぼしてもどうしようもないから、面白くしたほうがいい)
だから卒業生のEちゃんは
(笑ったもん勝ち)と以前にラインに書いてあった。
加えて、ユーモアのセンス抜群、会えば大笑いしてしまう。
いつだってすっきり青空みたいな女性で、
大好きな卒業生の一人。
「いいですよねえ、正史先生のパッション、頼りにしてますので元気でだけいてください」
時々、夫の甘党を知っていて、どら焼き、まんじゅう、
身体にいいからとサプリ、水などなど、手土産にして
「先生、元気ー?」
夫の顔を見に来てくれる。

B君は時計を見た。
「あと30分」
つぶやいた。
母親が迎えに来るまで頑張るつもりだ。
ひたすら、英単語をノートに練習していた。

喧嘩したことで、3時間も勉強したので、
大分、分かるようになった。
努力の成果も知ったのだと思う。

勿怪の幸い。
瓢箪からコマ。
吉凶あざなえる縄のごとし
人間万事塞翁が馬
雨降って地固まる......(ちょっと違うか)

その日は母親と喧嘩したから勉強したけれど、
次の授業は、いつも通り、真っ先に帰り支度をして帰るだろう。
と思いきや、
授業が終わっても帰らない。
「どうしたの?」
また、喧嘩して帰りたくないのだろうか。

「勉強していくんで」

それが毎回、
今もずっと続いている。
夢中になって、22時になることもある。
たった一人で黙々と勉強している。

「何のスイッチが入ったんでしょう?
また、ころっと変わりそうだけど」
いつものように母親は楽しく受け止めている。
コロッと変わってもいい。
続かなくともいい。
勉強したいという今の気持ちを大事にね。

子供の成長は思いがけないことの連続だし、
それに勉強はしないよりした方がいい。
分からないより、分かった方がいい。

「今日もよく頑張ったね。えらいな。すごいな」
私が言うと、
にこっと笑う。

後日、B君の母親、卒業生からラインが届いた。
「次も喧嘩したら塾に行くそうです」

「了解」

なんだか礼を言いたくなる。
B君、ありがと。

玲子


2021年1月 2日

もう4月

2020
いろいろありました。
5月に大家さんのビル新築により、移転のお願いをされ、
知り合いの弁護士に相談したら、出て行かない、という選択もあると
助言されたが、35年お世話になった大家さんの新築ビル妨害になるのでは
恩を仇で返すようなことになる。それは出来ない。

移転の条件は北仙台界隈で、現在の塾生に通塾の迷惑がかからなくて広さも今ぐらい。
あるだろうか。
探すしかない。
毎日、夫とここ、あそこ、物件探しが始まった。

いいなと思えば学習塾不可だったり、狭かったり、
なかなか見つからない。
30件以上物件を見たが、帯に短したすきに長し。
決まらない。
夏が過ぎ、秋になる。

10月、
卒業生のお父さんから、物件を紹介される。
今の教室から近い。
それにバス停が目の前だし、
塾生の通塾も今と変わらない。
御縁かもしれない。
ここにしようと決めた。

11月4日
夫の頸動脈狭窄症が判明。
二度の手術が必要で、1か月の入院ということになった。
一時退院はあっても、退院予定は12月15日まで。

引越は11月27日、夫不在でも仕方がない。
むしろ、引越には関わらせたくない。

なにせ紙と本だけだ。
引っ越しをいい機会と思っていらないものを整理して身軽になろう。
私一人でも訳はない。

朝から段ボールに詰める。
夜の授業は、夫がいないのでアシスタントと個別対応。
だが、訳はないなんて、甘かった。
ひとりぼっちの引っ越しの準備は遅々として進まない。
11月中旬、夫の1回目の手術、無事終わる。
ほっとした。

身軽になっていらないものは整理しよう。
これが間違いだった。
判断を仰ぐ主人がいないのだ。

捨てようと思ったプリントを出しては戻す。本もまた戻す。
この教室にあるものは整理せず、すべて持っていく。
方針を変えた。

あっという間に引っ越しの日まで、1週間となった。
見かねた娘と息子が仕事を休んで手伝ってくれた。
教室の収納を兼ねたカーテンの向こうにおびただしい段ボールが
眠っている。
40年分の卒舎式にもらった感謝状と塾日誌。
卒業生の想いは捨てられない。
娘と二人で一応、開けてみることにした。
一桁の卒業生の感謝状はユニークで、、
ロッカーのドア、学習机の上板、大きなジグソーパズル、赤いランドセル、
柔道着、竹刀、バット、アイスホッケーのヘルメット、バスケットボール、
工事中に使う赤いコーン、などなど。
それらに文章が綴られている。
捨てられない。
「新しい教室に一緒に行こうね」
感謝状の文章を懐かしく読みながら、新しい段ボールに詰めなおす。

ついに引越まで3日。
まだ準備ができていない。
すべて持っていくということにしたから、
本箱には本がびっしり残っている。プリントも山ほど残っている。
どうしよう。
3年生には手伝わせたくない。受験勉強がある。
中1、2だって月謝をいただいているのに引っ越しの手伝いは気が引ける。
でもどうにもならない。
頭を下げて中2に願いすることにした。

おそるおそる
カーテンをはずしてくれる?
本を段ボールに詰めてくれる?
とうとう、
「すみません。お願いします。引越しの手伝いをしてください」
大声で頭を下げた。

中3が「俺たちも手伝わせてください」
声をそろえて言ってくれた。
その言葉を聞いて、中3にもお願いするしかないなと思った。
引越の2日前。
中1、中2、それに中3にも手伝ってもらった。

「やったー。引越の手伝い」
「お前、勉強しなくていいから喜んでるだろ?」
「お前だって、そうだろ」

数人ずつのグループを作った。
8つの本棚の本。プリント。台所の整理、階段の本、漫画。
キャビネットの引き出し。
黒板回りの掃除、などなど。

生徒の様子をみていると勉強だけではわからない個性を見えた。
段ボールの大きさ合わせて、きちんと単行本、文庫を
きれいに詰める中2のR君、何も言われなくともほこりを払って
詰めるS君、終わりました。次は何したらいいですか。手早いY君。

ガムテープどこ?
こっちにあるよ。
新しい段ボールは?
今、持っていくから。
マジック?
投げるよ。

何を笑っているのかわからないけれど、あちこちで笑い声がする。
むちむちと引っ越しの準備をしていた私が暗く思えた。

中学生の笑い声で気持ちが明るくなった。
そして目を見張った。
どんどん、段ボールに収まっていく。
段ボールがなくなるのでは? と心配になる。
昨日も、30箱は残っていたが、追加で20箱、持ってきたもらったばかりだ。
「今北さん、もう100箱はきてますよ」
そんなにもらっているとは唖然。
あと、数枚しかない。

でもいける。
あっという間に信じられないほど片付いた。
引っ越せる。
2日間の4時間、延べ30人の子どもたちに助けられた。
それも明るい顔で、笑い声で、
楽しい引っ越しの準備だった。

11月27日
予定通りに引っ越しができた。
新しい教室は100箱の段ボールで埋まっているが、
安堵の方が大きい。
その日、娘に引越の監督を任せて、夫の病院へ行く。
今日、夫は一時退院することになっていた。

退院の夫も明るい顔だ。
たとえは悪いが、久しぶりの娑婆! という感じ。
夫には、退院したばかりだから自宅待機にしてもらった。

以前自宅の引っ越しでお世話になったアース引越センターの皆さんは
本当に親切で笑顔で感じのいい方々ばかりだった。
5年前の自宅の引っ越しと同様、感じがいいのは変わらなかった。
運んでもらった本棚が壊れていたり、寸法が合わなかったりして、
一度、運んだ荷物をまた、戻してほしいという勝手なことにも
いいですよ。
何でも言ってください。

仕事は笑顔でするものなんだな。
ここの作業員は本当に持ちがいい。
また、頼んでよかった。

夕方には引っ越しが終わった。
でも私にはまだ仕事が残っている。
前の教室の掃除。
立つ鳥跡を濁さず。
汚いままでは気が済まない。
そこに、塾生のお母さんがひょっこり来た。
「お手伝いしますよ。何でも言ってください」

昨日も救世主のように来てくれたのだ。
中学生では行き届かない玄関、トイレ、台所の掃除を引き受けてくれた。

お言葉に甘えて、
前の教室の掃除が残っていて、と言うと、
やりますよ。ふたつ返事。

ひとりで前の教室を掃除するには時間がかかると思っていただけに
有難かった。
窓からオレンジの西日の差す教室で35年の埃だらけの本棚の後ろを掃き、
気がつかず一枚残ったカーテンをはずしてもらい、
チョークで白く汚れた黒板の下、掃除機は持って行ってしまったので、
残ったほうきで二人で教室を隅々掃いた。
よもやま話をして、楽しく、つきあっていただいた。
今も脳裏に笑顔で掃除してくれたMちゃんのお母さんが有難く焼きついている。

日も落ちた。
忘れ物はないかともう一度、一人で教室に行った。
がらんとした暗い教室に電気をつける。
よし、きれいになったし、忘れ物もなし。

最後に教室の皆さんへご挨拶。
玄関、トイレ、台所、階段、二つの教室、窓、天井にも
「皆さん、長い間、お世話になりました。
この35年、多くの子どもたちとここで過ごさせてもらいました。
そしておかげさまで私たちも子育てをし、家族が暮らしてこれました。
ありがとうございましたっ」

一同、礼!

といっても私一人だが、家族を代表して深々と一礼。

11月28日
昨日、一時退院した夫は、
すぐに授業。
教室に活気が戻る。

11月29日
進路説明会。
毎年、高1を招いて、第1志望校に合格するために何を勉強したか。
入学した高校はどうなのか。
中3と保護者を招いての恒例の行事。
一時退院してまだ二日。夫が疲れはしないかと心配したが、
中1、2にも参加を呼び掛け、始まった。

高1の去年の勉強ぶりは全員、凄まじかった。
毎日、塾に来て5時間、6時間、私語一切なく黙々と勉強した。
国語の過去問を16年間分、解いた生徒もいる。
これほど勉強した学年はそうそういない。
なんとかなるとのんびりしている中1、2の刺激になれば、と思った。

なぜ、夢中で勉強しましたか。

「家では全くできなくて、でも塾に来ると勉強に集中できました」
「勉強が好きではない私もみんなが必死に勉強しているので、
やる気になりました」
「志望校にどうしても入りたかったので必死でした」

幸福は伝染すると言ったのは宇野千代だが、
やる気も伝染するといいです。

12月4日
夫の2回目の手術のために再度入院。

12月15日
手術は無事終了。退院。

ほっとした。
1ヵ月、ひとりで塾をしてみて夫の苦労、有難みがよく分かった。
ありがとう、お父さん。

2021
年が明けると、2学期末定期試験が始まる。
2週間前から土日は開放。
中3は毎日来てくれるようになった。
うれしい。
それも昨年同様の高1のように、5時間、6時間、
10時近くまで勉強するようになった。
高校説明会の高1の言葉が伝わったのか、自覚したのか。
夢中で勉強する姿は本当にいいものです。


2学期末・定期試験
2月の初旬の附属中に始まって、
3月初旬まで1か月も定期試験は続く。

毎回、学校のワークが仕上がらず、試験直前までワークばかりの生徒がいる。
それでは点数が上がらない。
かといってワークを提出しなければ平常点に差し支える。

「ワークは家でやって来い」
毎回、夫が言うけれど
家でワークができない生徒は多い。
「ワークやっていいですか」
ダメとも言えず、
結局、塾でワークをしてもいいから、早く終わらせなさい。
ということになる。

今回、点数が大幅に伸びた生徒がいる。
ワークを早く終わらせて、じっくりと復習に取り組んだ。
感心したのは、夫がいつも言う「粘って勉強しろ」
それを実行した生徒だ。
毎日来て、その日も10時近くになった。
「遅いからもう帰りなさい。家で心配してるかもしれないし」
「いえ、間違ったところをまだ直していないし、理解していないので、
親には遅くなるって言ってあるんで」
その生徒の今日やったプリントは、1回目を間違え、2回目も間違え、
3回目、4回目で正解。
直すための赤ボールペンでプリントは隙間がないほど真っ赤になっている。
ただ直すのではなく、正解をなぞるだけではなく、
はじめから問題を解いている。
この努力が報われないはずはない。点数が上がらないわけはない。
やはり、5教科400点。

ほかにもそういう粘りの試験勉強した生徒が何人かいる。
成績は各教科10点伸び、50点アップ。すごい。
粘った生徒は皆、400点をゆうに越えた。

2月中旬
あと数日で始まる定期試験前の土日のこと、生徒が今日も残っていた。
21時。
「玲子先生、もう帰ります」
「あと30分、用言の活用の過去問をしていかない?」
まだ定着していないように思ったし、30分でも復習すれば点数につながる。
「無理です。塾に5時間ですよ。へとへとです」
「よくがんばりましたね」

つい
「私もへとへと」
恩着せがましく言わなきゃよかったかなと後悔したら、
「わかってますよ、先生。先生を見てたらわかりますよ」
いっぺんに身体から疲れが吹き飛んだ。

2月下旬
中3は入試の3月4日まで毎日、直前連続講義。
あれもこれも主人はやっきとなって
講義をする。
社会はもう少し、講義をしないとな。
理科も心配だ。
2時間しゃべりっぱなしの授業が毎日続く。

3月3日(入試前日)
夕方、高2のT君が差し入れを持ってきてくれた。
「明日ですよね」
「先輩から差し入れですよ」
中3が口々に
「ありがとうございます」

T君は去年も引越前に差し入れを持ってやって来た。
その時、ふと言った。
「玲子先生、教室に来て思い出しました」
「なにを?」
「今北先生に、宿題をやってこなかったとき、弁解したら、
言い訳するな!って言われて、
それを思い出しました。今はわかります」

夫はよく、言う。
忘れたら忘れたでいい。
言い訳するな。
次に、何をするか考えろ!
T君、覚えていてくれてありがとね。

T君が大声で
「みんな、明日はがんばってください」
中3の顔を見ながら声をかけて帰っていった。

中3は入試前日だから、19時に終わることになっている。
あと少しで19時になる。

夫が入院中の時、毎日、
「さあ、今日も頑張りましょう」
パチパチパチ
中3と拍手をした。
それは夫不在の私自身と中3みんなへの、今日も頑張りまっせ、の気合みたいな拍手だった。

最後にみんなと拍手をしたくなった。
今日は、慰労と応援を込めまして。

「みなさん、今日までよく頑張りました。はい、拍手っ!」
パチパチパチ!
全員で拍手した。

がんばってね。
がんばってね。
一人一人に声をかけ、送り出す。
いってきまーす。頑張ってきまーす。

3月4日
公立校入試。
祈るしかない。
入試前に渡した夫が削った鉛筆、名前を刻んだ消しゴムを持っていってくれたかな。
もし解答に迷ったら、一度、この消しゴムで消して、この鉛筆で書いたら、
正解だから。
言ったことが、願ったことがそうなりますように。

3月6日
卒舎式。
コロナ禍である。
在塾生は親の承諾のある生徒だけにした。
中3は全員出席。

二人で綴った文章を夫が読み、私がピアノをBGM代わりに弾き、渡す。

今年は新しい教室で勝手が違うが、
飾りつけは前日に中1、2の生徒が担当。
花紙で花を作り、白の紙テープにつけ、5色の風船とともに
天井に飾り、華やかになった。

当日は中2のK君、H君、N君、Y君、
中1のA君、小6のM君、Kちゃんが手伝ってくれた。

卒舎式を始めます。
中2の元気のいいK君の声に始まった。

ひとりひとり、夫の読み上げる文章が
ピアノを弾きながら聞こえる。
出会いからこれまでのことがよみがえる。
努めて泣かないようにする。
泣くと涙で楽譜が見えなくなる。

感謝状もあとひとりになった。

そのひとりがまだ来ていない。

夫がピアノに近づいてきた。
「読むぞ。あいつが来なくとも」
「うん」
私も夫と同じ気持ちだ。

あいつとは、Y君。
ここにいなくとも、二人で綴った文章は読むことにした。
Y君の最後のピアノの1曲は残してある。

「読むぞ」と私に言ったのに、
夫は教室を出ていった。
諦めきれないようだ。
もしや入れずに、教室のドアの向こうに、いや、通りまで来ているのではないか。
下のバス停まで見に行ったようだ。
がっかりして戻ってきた。

「今日、来ていないY君の感謝状を読みます。
聞いてください」

Y君は中1で学校に行かなくなり、中2から中3まで午前のクラスで勉強した。
毎回来たわけではない。
起きられなかったり、気分が悪かったり、
悶々としていた時もあれば、
笑顔でやってくる時もあった。
今の世の中のおかしいと批判する時もあれば、
好きな音楽、本を夢中で話すこともあった。
そのうち、
中学校に行けないのではなく、行かないことを選択していったように思う。
偏差値の低い生徒を馬鹿にする中学校の雰囲気はいやだったし、
そういう人間にはなりたくないときっぱりと言った。

3年間のY君のことを綴った文章を読んだ。
教室にいた誰もが静かに、Y君のことを聞いてくれた。

Y君は中2から、教室に来ると、
勉強していないから普通高校の受験は無理だろうし、
通信制がいいですか。どうしたらいいですか。先生。
よく夫に相談していた。
お前が決めた進路が一番いいんだ。
夫の返事は決まっていた。
でもY君は何が自分にとって一番なのか。わからなくなっていたようだ。
結論の出ない進路に悩んでいた。

昨年の12月、
やってみないとわからないじゃないか。
夫の言葉に気持ちが決まったようで、
本気で勉強を始めた。
小学校からの付き合いである。漢字が強くて、
中学に上がったら、きっと上位を維持するだろうと思っていた実力だったから、
私も諦めずに挑戦した方がいい、そう思った。

Y君は勉強を始めると渇いた土に水が沁み込むように吸収した。

時間が足りないな。
あと1か月、ほしいな。
夫がつぶやいた。

しかし、あいつはすごいな。
いけるかもしれない。
あと私立の入試まで1週間、というときに
夫は合格の予感を口にした。
私も国語の過去問をしてもらったら、読解力は秀でていたし、
漢字は一つ間違っただけ。
国語で稼げる。
いけるかもしれない。
私たちの不安は期待に変わった。

Y君は私立高校を2校受験した。
どちらも合格。

だから、夫は卒舎式に来てほしいと願った。
「お前が勝ち取った合格をみんなの前で喜びたい。俺の願いだ」と頼んだ。

今北先生の気持ちはわかるんですけど......。
うん、とは言わなかった。

大人の想いを強いるのはよくない。
無理しなくともいいですよ。
Y君にもお母さんには伝えてある。

Y君は来なかった。
それでいい。
夫の前にY君は立っていないけれど
Y君の3年間を今、教室にいる人たちに知ってもらっただけでいい。

そのあと、中3から思い思いのコメントをもらい、うれしかった。

そして、
東京から本日、お越しになれないけれど、
リモートで小袁治師匠が登場することになっている。

リモートでの落語。初めての試みで心配だったが、
卒業生のIT関係の職にあるT君が、何から何まで準備し、
プロジェクターを手配し、セッテングも、OK。

大迫力で師匠が大写しになった。
おおーっ!
歓声が上がる。

卒業生のT君にはお世話になりました。
本当にありがとう。

落語は本当におもしろかった。
40年近く、毎年、卒舎式を支えていただいた。
やはり、師匠のいない卒舎式は考えられない。
リモートの出演をお願いして本当に良かった。

その後、
なんでも聞いていいよ。
気さくに子どもたちに師匠は話しかけられた。

「どうして噺家さんになったんですか?」
生徒が質問した。

師匠いわく、
若い頃から落語が好きでね。
本当に好きで、好きで、好きでね......。

当時の自分のことを語ってくれた。

一途な思いを静かな語り口だったが、
好きな道を歩いてこられた師匠の想いは純粋でいい話だった。

好きな道を行く。
子どもたちにもそうあってほしいと思うが、
ほとんどの子どもたちは何をしていいのかわからないようだし、
好きなものはと聞くと、ゲーム以外にないと、
答える子供たちは多い。
無論、夢を持っている子もいる。
叶えた卒業生もいる。

ただ、誰もが夢を叶えられるとは限らないが、
好きな落語を、噺家になる夢を抱きしめて、精進して、
その道で暮らしている師匠の言葉は
私も「ちゃんと生きていこう」という気持ちにさせられた。

最後に師匠に五本締めをお願いした。
人差し指から始まって、しゃしゃしゃん、しゃしゃしゃん、しゃしゃしゃんしゃん、
中指、薬指、
音がだんだん大きくなり、
小指が終わると両手の手拍子は大音量になる。
いつもこの五本締めはじんとする。
大好きです。

卒舎式は終わった。

「祭りの後は潔く、きれいさっぱり片付けましょ」
子どもたちに話す。

(卒舎式が祭りかどうかわかりませんが、イベントは祭りでもありますから)

私の言葉に
「そうなんですか?」
「そうなんです」

それならと、
皆が一斉に花飾りをはずし、ごみ袋に次々と放りこむ。

(祭りの神様はいるにちがいない。神様は気っぷが良くてきれい好きで、
何日も祭りのあと片付けをしないと、次は来ないぞ、とそっぽ向かれる気がする。
祭りの神様は粋だから、
さっと切り上げるのがお好き。持論ですが)

中3は帰り、
残った中1、2と、アシスタント全員が
あっという間に元の教室に戻してくれた。

お疲れさま。
ありがとう。無事に終えられたのはあなたたちのおかげです。
卒舎式を盛り上げ、働いてくれた中1、2、
4月から就職の名残惜しいアシスタント2人、
これかもら手伝ってくれるアシスタント3人にも礼を言った。

皆、帰っていった。
誰もいなくなった教室を見ながら、、
夫と私と息子も、
「さあ、帰ろうか」
コートを着ようとしたとき、
教室のドアが開いた。
だれか、忘れ物でもしたのだろうか。


Y君。

「お父さん、お父さん、Y君、Y君、Y君」
大騒ぎしてしまった。
夫が笑って言った。
「おおっ!よく来たな」
私が、
「お母さんは?」
「います」
「早く呼んできて」
お願いした。

Y君母子が入ってきた。
お母さんが、
「先生、すみません。息子がどうしても先生方に会いたいからと言いまして」
「うれしいです。本当に」

うちの息子とY君にも手伝ってもらい、ピアノを出す。

「では、卒舎式を始めます」
私の言葉に夫もすでに感謝状を手にしていた。
Y君は戸惑っていたようだが、
「よく来た。さあ、ここに立って」
恥ずかしそうにY君が夫の前に立った。

先ほどと同じ文章だが、本人を前にすると
夫の声が高揚しているのがわかる。

学校に行かなかったことは
怠けではない。自分を責めるな。
そして
自分の力で合格したんだ。
お前はすごいよ。

文章にはないけれど、心の奥にある夫の想いが、聞こえてくる。

片手で涙をぬぐうY君が視野に入った。

「先生、すみません。ありがとうございました」
Y君のお母さんの目も真っ赤。
12歳から15歳まで、学校に行かない息子に丁寧に大事につきあってこられたお母さん。
でもどうしていいかわからない時、
何度も相談に見えられては泣いて帰っていったお母さん。
でも、今日の涙は違う。

私と息子が急いで祭りの鉄則、ピアノを移動して元の場所に収めた。

そしたら、
「あのー、お返しに息子が先生方のためにピアノを弾きたいと
言ってるんですが、せっかくピアノを仕舞ったのにすみません」

いえいえ、どうぞ、弾いてください。
また、ピアノを出す。
(年に一回だけのピアノは、今日は3回も出番があって楽しそう)

Y君は暗譜していた曲を一つも間違えずに弾いた。
もう1度、弾いて。
私のアンコールにもう一度、Y君は、
旋律の美しい曲を弾いた。

鍵盤を一心に見つめるY君の顔を見て思った。

学校に行かない選択をしたのです。
それでいいんです。
堂々といきなさいよ。

玲子

2020年5月16日

4月から8月

4月

通信添削を始めた。
一人一人の生徒に必要なプリントと切手を貼った返信封筒を
同封する。
夫は午前中から教室に行き、1時に帰宅、昼食をとり、また、教室へ。
夜遅くまで、返送されたプリントを見て、コメントを書き、次のプリントを入れる。
「授業をしているより、忙しいな。でも何もしないよりはいい」
夫の表情は明るくなった。

コロナ禍による営業自粛で
休塾は5月6日までだが、でも、その後、延長になるかもしれない。
通信添削は引き続きやるにしてもなんとか授業をしたい。
夫が、早速
オンラインに詳しい卒業生に電話。

先生、できますよ。

その日のうちに来てくれて、パソコンに向かって
カチャカチャ、、ずっとカチャカチャ。
「先生、この画面に向かってしゃべればいいです」
おお、
おおっ!

説明を受けて、
オンライン授業が始められることになった。

4月30日、18時

初めてのオンライン。
設定をしてくれた卒業生のT君も来てくれた。
うちの息子も調整のアシスタント。

中1

「先生、先生」
画面から呼びかけるいの一番のT君。

「お前の顔、映ってるぞ」
「先生の顔も映ってます」

「先生、先生」
「おお、I君か」
「先生が見えます」
「俺もお前の顔が見える」

(当たり前のことに夫も生徒もちょっと興奮)

Gです。
お前、いい男に映ってるぞ。

Sです。
待ってたぞ。

続々と生徒の顔が分割して
画面に映し出される。

夫が突然、
あれ、いなくなった、と言った。
T君の画面が消えたらしい。
おーい、どうした?

誰かが、
先生、T君、固まったって。
チャットで言ってます。

固まったってなんだ?
チャットってなんだ?

用語がわからない。
卒業生と息子が対応してくれ、
やっと、社会の授業が始まった。

見えるか?

「先生が見えません」
待て。調整する。
それからも
「先生、黒板が切れました」
「黒板の字が先生の顔で隠れてます」
「先生、音声がないです」
「固まりました」
調整、調整、そして調整、調整につぐ調整。

でも、
アハハ、えへへ、
先生、と呼びかけてくる待ちに待った生徒の声はいい。元気が出る。

中1のT君が言った。
「地図帳がありません。
ぼくの部屋に取りに行っていいですか」
取って来い。

これは便利。
家だから忘れても平気だ。

20時、中3

こちらは中1と違い、静かだ。
中3は興奮もせず、大人だ。
しかし、参加しているはずの何人かの顔がない。

夫が呼びかける。
おい、顔出せ。
このままでいいです。
男だろ。顔ぐらい出せ。

画面に映る自分の顔は気恥ずかしいのだろう。

中3の画面は静かを通り越して、皆、無言でしんとしていた。
夫は心配になったらしく、
聞いてるか?
見てるか?
返事ぐらいしろよ。

オンライン授業の加減を私も夫も分からない。
いつもの授業だとそれぞれの顔を見て、
眠そうな生徒には喝を入れ、誰かが飽きてきたようだと思えば、冗談を言ったり、
生徒の質問や反応によって地理や歴史になったり、
自分の中学時代の初恋に脱線したり、
伝わる空気や生徒の表情で判断するが、
分割の静止に近い画像ではそうはいかない。
生徒の反応がつかめない。

難しいな。
夫がつぶやいた。

チョーク1本の授業で40年。
小型カメラに向かって、
生徒の分割画面に向かって話すのは初めてで、
コツがつかめないようだ。

でも途中からいつもの夫らしい授業になり、
無事に終わった。

次の日、中2のオンライン

急に画面に愛犬が出てきたり、
お母さんがひょいと映ったり、
楽しく進んだ。

授業の終わりに
「そろそろ、時間だな。
慣れないことも多くて、すまんな」
夫が謝った。
そしていつもの口調で、
「じゃあな、みんな、気をつけて帰れよ」

ぷっ、
アハハ、
アハハ

家だし、
帰らなくていいし。

失笑の生徒の声があちこちの画面から聞こえてきた。

オンラインは5月3日の連休前まで続けた。
こちらが心配するよりも生徒の感想はよかった。

楽しかった。
またやってほしい。
家だし、楽だし。

好評で本当によかった。

子どもの頃、SF小説や漫画で、
空飛ぶ車、テレビ電話、宇宙旅行、
夢のようだと思っていた。
こんな世界はずっとずっと先のことだと思っていた。

次々に未来の仮想物語が現実になっていく。

5月授業再開

生徒は間隔を取って座る。
教室が閑散とするようだが、いいこともあった。
隣同士が遠いのでおしゃべりがない。
注意しなくていい。

6月

毎日のコロナ感染者の
数字を追い、生徒の間隔、手洗い、机の除菌、
先の見えない気鬱な毎日でも、子供たちに会えるのは嬉しい。

7月

小学生の授業が終わり、塾の階段を降りようとしたら、
女性が玄関を半分開け、さっと傘を1本、抜き取って、
ドアがしまった。

傘泥棒!

子どもたちの傘が盗まれた!
大変!
返してもらわなきゃ。

階段を駆け降りた。玄関を出ようとしたとき、
ドアが開いて中2のK君が入ってきた。
「いらっしゃい。よく来たね」
早口で言って、押しのけるようにして表に飛び出すと走った。

「すみませーん、傘、返してくださーい」
傘を持つ女性に言いたかったが、
なにせ気が小さいから、大声が出せない。
とにかく追いついて、後ろから声をかけることにした。

「塾の傘なんで、返してもらえますか」
事を荒立てず、責めずに、静かに、穏やかに。

玄関で居合わせた中2のK君が教室に入らずに、
走って追いかけてきた。
「先生、どうかしたんですか。なんかあったんですか」
様子がおかしい私を心配してくれたようだ。

傘泥棒です。
言えば、中2の速い足で追いかけてくれそうだが、
巻き込むのはよくない。
私が解決しなければ。

「心配しないで。教室に入っていいよ」
言って、走った。
走りながら、K君が気になり、ちょっと振り向いた。
納得しかねたように彼はまだ立っていた。

足が遅いうえに、久しく走っていないから足がもつれる。
女性は歩いているのに、私は走っているのに
なかなか距離は縮まらない。
がんばれ!もう少し、がんばれ!
自分応援。

やっと、
ツタヤの少し前で、女性の背中に追いついた。
事を荒立てず、責めずに、静かに、穏やかに。
傘を返してもらえばいいのだから。

「あのー、傘」

振り向いた女性が、
「あら、玲子先生!」
あら、Y君のお母さん。

察知したお母さんは、
「すみません。明日は雨らしいので、塾に忘れた息子の傘を、
取ってきたんです」

「傘泥棒かと思ってしまって」
二人で大笑い。

私が悪い。
玄関で傘を抜き取ったところで、
「どなたですか」
言えばよかったのだ。

人を見たら泥棒と思ってはいけないな。
反省。

走ってきてくれた
K君の声を思い出した。

「先生、どうかしたんですか。なんかあったんですか」

教室に入って、早速、K君に報告した。
「さっきは心配してくれてありがと。傘泥棒を追いかけるところだったの」
「捕まえたんですか」
「ご父兄だった」
周りの生徒が笑った。
「言ってくれれば僕が追いかけたのに」
K君が言った。

ありがと。
私のために走ってくれるなんて。

いや、違う。
分け隔てのないやさしさ、思いやり、正義感、
つきあってみれば誰もがすぐにわかる。
きっと、
この人は何かあれば、
母のために走る。
父のために走る。
兄のために、友のためにも走る。
見ず知らずの人のためにだって走るだろう。

先生、どうかしたんですか。
なんかあったんですか。

矢継ぎ早の声とじっと見つめる目に
(言ってください。ぼくが何とかします)
そう聞こえた気がする。

気は優しくて力持ち、
大きな身体で私を見て立っている姿が
立ち去らない姿が、
心強くて、頼もしくて、
うれしかった。あたたかかった。
ありがとう。
忘れないよ。

8月

夫は中3のE君が台風で中止になった年もあって、
今年こそ、中3の思い出にキャンプに連れて行きたかったようだ。

でもコロナ禍である。
知人の意見を聞いたり、
ご父兄の後押しをいただいたりして、デイキャンプに行くことにした。
送迎はできるだけ親御さんにお願いした。

水の森キャンプ場についてみると、
結構な人出だ。
自分たちも来ているのに、人が多いと気になるなんて、
勝手なものです。

会津から来てくれた菅さん。
塾仲間でもあり、陶芸家であり、埴輪、小枝鉛筆(販売もしている)、
多趣味な人で、
おおらかで、自由で、面白い人です。

塾生に菅先生とは呼ばせない。
菅さん、で通している。
呼称で関係が対等になる。
偉ぶらなくていいなと思う。

カレーは3年生が担当。
普段知らない生徒の一面を見る。
手慣れた手つきでジャガイモの皮をむく生徒もいれば、
包丁の持ち方から教えなければならない生徒もいたり、
勉強だけじゃないな、とキャンプに来ると思う。

水と米の割合を比で計算する。
はじめちょろちょろ、中ぱっぱ。
それはしない。
夫の指示で、はじめから火をガンガン、最後までガンガン。
強火ガンガンで毎年おいしく炊ける。
今年もふっくら、ほどよいおこげまでできて、うまくいった。

カレーは参加者25人が充分におかわりができるように、
二つの大鍋で作ったが、意外におかわりする人がいなくて、
まるまる、ひと鍋カレーが残った。

捨てるのは忍びなかったが、中2の男子と捨てた。
「もったいないね、先生」
「ほんとだね」

それぞれの埴輪とそれぞれの小枝鉛筆ができた。

4時。
キャンプ場で解散の時間だ。
遊び足りない男子が走り回っている。

次々とご父兄が迎えに来られる。

保護者の方に
お預かりした大事なお子さんをお返しする感じがして、
ほっとする。
バス利用の子どもたちは主人が引率。
私はキャンプ用品を積んだ車で帰宅。
夫も北仙台に無事到着。
全員が元気。

キャンプ半日だけではない。
大切なお子さんの命を預かると決まった時から続いていた
長い緊張感が
この瞬間にすっと消える。

短い夏休みは終わり、
明日から学校が始まる。
そして、8月末から9月にかけて、定期試験が待っている。

玲子

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