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夏から秋

7月後半
夏期講習が始まった。
午前は小学生、午後からは中3、中2、中1、
私たちも忙しいが、子どもたちも忙しい。
部活、塾、夏休みは普段よりまして忙しいようだ。
中1・2の夏期講習は前期のおさらいに始まり、
拾いきれなかった単元の復習と定着、
中3は8月初めの模擬試験に向けて講習を進めた。
それぞれの弱点に
向き合う。
一つでもわかってくれればうれしい。   

一日中、教室にこもって過ごした、
あっという間の夏でした。

9月
夏休みが終わり、今度は休み明けの実力テスト、定期テストの
準備が始まる。

次から次へと何かが終われば何かが始まる。
子どもたちも大変だなって思う。

しかし、待ってはくれないテストとその評価は
塾の評価と相まって気が抜けない。
現状維持ならまだしも、下がり続ければこの塾でいいのかと
ご父兄は考えられる。
1点でも多く、と思ってしまう。
家で勉強ができない子どもたちは多い。心配だから土曜日曜も塾をあける。
なかなか塾を休みにはできない。

試験前は、夫は教室を走り回り、一人一人の勉強の様子を覗きこみ、
「これは後にしろ。まず、教科書の問題をやれ」
「間違った所が先。丁寧に」
「質問をしろ。質問ができるようになったらわかって来たんだ。粘れ」
大声を出す時もあり、
試験前の教室は、夫の迫力で子どもたちもぴりぴりです。

9月の或る夜、
中3のA君が「先生に話がある」とのことで、
夫と二人で話を聞いた。
「学校に疲れてしまって......、学校の先生は出来る人が大事で、
出来ない人を相手にしないし。
.....学校に行きたくないです」

学校の体質や、勉強に身が入らないことや、
音楽を聞いている時が一番安らぐこと、
いろいろなことを語ってくれた。

身につまされた。
私たちも学校同様に、子どもたちの出来不出来を追いかけ回しているのではないか。
決して、テストが悪くてもいいよ、とは言えない。
前回より、少しでも上がってほしいと願う。
当然、塾に通わせている親御さんも願っているだろう。

子どもたちは疲れている。
その声を聞いた。

大人は良かれと思って励ます。
勉強に身が入らなければ活も入れる。
それを受け入れられる子どももいれば、そうではない子どももいるのだ。

「お前の言うことはわかった。
つらかったら学校にいかなくともいいんだ。
お前は自分のことを出来ないと言うけれど、お前の話は
相手に伝わる。それだけきちんと話せるのはすごいことだぞ」
夫が言った。
私もそれは感じた。
15歳の心を癒す言葉、これというものが見つからなかったが、
「学校みたいに塾がつらくなったら言ってね。どうしても休みたくなったら言ってね」
それだけは言っておきたかった。

十人十色というが、
かたや、
上昇志向があって、定期テストは高得点を目指し、
意中の高校に向けて、ひたすら、勉強する子どもがいる。
定期テスト前に、教科書を読め、と言われれば、
丁寧に読み、テスト範囲の隅々まで勉強し、終われば、次は何をしたらいいのかと
夫に指示を仰ぐ。
一途に、切ないほどに、自己を高める努力を怠らない。

もしや、疲れているのかもしれないと思うが、
疲労を勝るものがあるようだ。

今回の9月の定期テストでは
確実に点数を伸ばした生徒は多い。
学校は違うが、
順位がひと桁、(1番、2番、5番)、
もう一人の2番、(1番とは1点差だった)、10番台、20番台の
黙々とひたむきに、勉強する子どもたちがいる。

勉強が自分の希望につながるものなら、
「よくやりました!」
慰労したい。
「がんばったのね!すばらしい」
努力に敬意を表したい。
目標を立てても強い意志がなければ達成できない。

親なら、勉強や部活、何かに打ち込んでいる我が子と接しているのは
気分がいいと思います。私たちもそうです。

しかし、部活もそこそこ、
勉強はというと、やる気は一向に見えない。
大人は、やきもきする。
「一生懸命に勉強しているのなら、成績が悪くともいいんです」
そう言う親御さんは毎年いる。
我が子の懸命な姿を見たいのが、親の思いです。

本人はやる気がないのではなく、その子にとって学ぶべき量が多すぎるのではないか、
と、思うことがあります。
たとえが、適当か、わかりませんが、
栄養価、バランスを見て、この時期にこれくらいは食べさせたい。
考えられた料理が大テーブルにこれでもかと並んでいる。
ひと品ずつ、食べた量がその子の評価としましょう。
より多く、食べた子どもはポイントが上がる。

見ただけで食傷気味で、食べられるものだけ食べた子の評価は下がる。
ある子にとっては、大量すぎてうんざりの食卓が、
テスト勉強のような気がするのです。
その子に合った、少しずつ量を増やすというカリキュラムは学校にはない。

中2になったY君は、小学生からのつきあいで、
いつだって機嫌がよく、よく笑い、部活の様子を
楽しそうに話してくれ、プロ野球、高校野球選手のポジション、
出身校、大人顔負けの生き字引のような記憶力の、
気持のやさしい、生徒です。
ところが、勉強となると、にらめっこ。ため息です。
テーブルのメニューの量の多さにうんざり、といった感じです。

夫が、これだけ、やろう。これができれば次もいける。
中1から言い続けていました。少しずつ、理解していくということで、
数学は一次方程式に力を入れたようだった。

中1の一次方程式が解けなければ、中2の連立方程式も解けない。
中2になったら数学がもっといやになるだろう。
夫は案じていました。
それが今回、一次方程式がわかり、連立方程式が解けるようになりました。

夫が
「すごいな。できるじゃん!」
そう言ったら、
Y君は、何も言わなかったけれど、にこにこしていたと、その夜話してくれました。
夫は、
「テストの点、順位、評価の基準にY君は、当てはまらないかもしれないが、
子どものわかる喜びを痛烈に感じた。その子のわかった喜びは評価に反映されない。
親や学校にも伝わらない。
Y君のわかった喜びは本当の意味での学力向上なのだろう」
そう言った。
うれしそうだった。

数日後、
9時半過ぎ、塾の帰り道、八百花の前の横断歩道で待っていると
信号が青になって、歩きだした。
後ろから、一台の自転車が私を追い抜いたと思ったら、
「玲子先生!さようなら!」
声でわかる。Y君だ。
黙って通り過ぎても、夜だからわからないのに、律義です。
「やったね、Y君」
走り去る自転車の後ろ姿に手を振った。

まさに十人十色、
どの子がいいとか、どの子が悪いわけではない。

もし、学校に疲れていたり、
学校が居心地の悪い子どもたちには
勉強がすべてではない、学校がすべてではないと言いたいです。
遠回りしてもいい。
自分の道を探したらいいと伝えたいです。

私たちが、
どの子にとっても、その一助になれたらと思います。

30数年前、
私たちは東京の練馬で塾をしていた八杉晴実先生に出逢った。
当時、開塾してまもない頃で、
学校は、正しく子どもたちを導く場所で、塾は必要悪というイメージがどこかにあった。
子どもの遊ぶ時間を奪っているとみられる風潮もあり、
夫は、俺は裏街道を歩いている、とよくつぶやいておりました。
そういう時期に八杉先生の著書を本屋で見つけ、逢いたいと夫は上京したのでした。

何があったのか、東京に一泊して帰宅した夫の顔が明るく、いい顔で驚いた。
先生との出逢いが、夫の気持を変えたようでした。

八杉先生は先見の明があって、
大手の新聞社の論客やマスコミが、今の教育の実情と先生の考えをこぞって聞きたがった。
先生は気さくで、北島三郎の「祭り」がプロの歌手みたいに上手で、
お酒が好きで、情にもろく、
授業が抜群にうまくて、
多数の八杉先生の著書は、小説家かと思うほど、心に染みた。

私が「八杉先生の文章が好きです」と言ったら、
「玲子さん、文章に、騙されちゃいけないよ。信じちゃいけないよ。人は文章じゃくなくて、顔なんだ」
子どものように笑った。
八杉先生、私が呼びかけると、
「先生と呼ばれる人が一番、あぶない」
内緒話のように言って、また笑った。
魅力的な人だった。
夫が八杉先生に逢っていい顔になるはずだと初対面で思った。

その後、不登校や学力遅れを支援する「家族ネットワーク」をたちあげ、
子どもを支援する人たちを全国に呼び掛け、募った。
大手ではない私塾、小児科医、弁護士、精神科医、カウンセラーの多くの人たちが
支援する手を挙げた。
今も「家族ネットワーク」「支援塾ネット」は続いている。

八杉先生の精力的な活動は続いたが、50代を半ばにして亡くなられた。
その後は夫が「家族ネットワーク」「支援塾ネット」の世話人を引きうけている。

八杉先生は仙台で何度も不登校の集会を開き、マイクを握った。
毎回100人余りの不登校の親御さんに、力強く、優しく背中をさするように
「不登校は病気ではありません。怠学でもないんです」と話した。
その後、文科省は「不登校はどの子にも起こりうる」と認めました。

ある仙台の集会で、八杉先生は
「学校が本妻で、塾は愛人ではないんです。
学ぶ窓口はいくつあってもいいんです」
おっしゃった。
そして、八杉先生が亡くなられて、お別れの会にどなたかが、
「生前、八杉先生は、自分は焼き鳥屋、客の好みに合わせて焼き方を変えると話していました」
と偲んだ。

今、その言葉に納得する。
勉強したい子ども、自分の将来を夢見る子ども、
学校に疲れる子ども、勉強を強いられ、くたくたになっている子ども、
息苦しい学校に行かない子ども、学校に背を向ける子ども、
客に合った焼き方とは、その子どもに合った学び方、
(教え方とは傲慢な気がするので)
つきあい方がある。
そう思う。

9月の或る夜のA君の話の続きですが、
A君の話が終わったのは夜10時も過ぎていました。
私は一足先に教室を出て、玄関から外に出ると
小雨が降りしきっていました。
あわてて塾から傘を出して歩き出すと、
日中と違って、塾の前の道は、
時折、酔客はいるが、人通りも絶えてひっそり。
ドトールを過ぎた先の、自転車置き場の隅に、
止めた自転車のサドルにまたがり、小雨をしのいで
フードを頭からかぶっている人が、ひとりいた。
あれ?
小走りに近寄って見ると、やはり中3のS君だった。

傘を差しかけ、「A君を待っているの?」
と訊いた。
「約束したわけじゃないんで。勝手に待っているだけなんで」

私に早く帰らなかったことを注意されると思ったのかもしれない。
「約束をした訳じゃないんで」
本当だろう。S君は長文和訳が妙訳、穏やかで、心根のいい正直な生徒だ。
S君はフードを手で目深におろし、「勝手に待っているだけなんで」
繰り返した。

そうじゃないの。

「こうやって友達を雨が降ろうと、帰らず待っている
あなたの気持がね、......」
そこまで言うと目がうるんだ。

A君がなかなか出てこない。
待っていよう、一緒に帰ろう、そう思ったのだろう。

「約束しなくてもまだ塾に残っている友達を待っている、
あなたの気持があったかくて。なんか感動してしまって。
いい光景をみせてもらった。ありがと」

口数の少ないS君は、少し照れてフードに隠れた顔を下に向けた。

数分後にA君が出て来る。
雨の中、止めた自転車に乗っているS君に気づく。
「待っててくれたの?」
「うん、帰っか」
「うん」
並んで自転車を走らす。

学校や勉強に疲れたA君が、
約束したわけjじゃないのに、
雨の中、自分を待っていてくれたことを
知ったら、少し元気になるような気がした。

10月
小袁治師匠の独演会も近づいた日のこと。

(師匠は毎年、卒舎式で落語を一席、子どもたちに聞かせてくれる、
私たちにとっては30年来の恩義のある方なんです)

小学5年生の授業が16時半からで、
教室に入ると小5の皆さん、お揃いで、でも騒がしい。
一斉に訴える。
「おれが助けに行く」
「あれじゃかわいそう」
「あれはかわいそう」

どうしたの?

窓際のH君が、
「見て見て。先生!」
H君の指差す方を見た。

「まあ、あれはかわいそう」
私も言った。
でしょ?
でしょ?でしょ?
5年生の全員が「でしょ?」の連呼。

小袁治の会の玄関に張ってあった黄色のポスターが
風に飛ばされ、北仙台駅のバス停の前、
道路の中央に張り付いていた。
ひっきりなしに通る何台もの車に、ひかれていた。
二階の窓から道路に張り付いたポスターを発見するとは
H君は目ざとい。

子どもたちは
「小袁治さんのポスターが、かわいそう」
「助けなきゃ」
そういうことだった。

「玲子先生、小袁治さんのポスターを助けに行く。おれが行く!」
「だったら、おれも行く!」

いやいや、あなたたちを行かせる訳にはいきません。

教室を出た。
「先生、行くんだ。助けに行くんだ!!」
背中に声を聞きながら、
はい、私がすぐに助けに行きます。

夕方16時半、右から左から二車線を行きかう車は、
途切れることがない。
ポスターが落ちている場所、道路の中央にはなかなか行けない。
やっと、車が途切れたのを見計らって、ポスターに到着。
手をかければ、ぺらっとはがれると思った。
甘かった。
ラミネート加工したポスターの裏の両面テープががっちりと
道路に張りついて、一分の隙もない。
しゃがんでポスターの端を捕まえた。
これで一気にはがせると思ったらこれまた、甘かった。
ポスターの上を何台も車が通ったから、両手で引っ張っても
頑固にくっついて離れない。

力いっぱい、何度も引っ張る。だめだ。
もう一度、
3分の1、はがれた。
まだまだ。
バスが目の前を通り過ぎた。
あと半分、腰を浮かせて力を入れる。
大根でも引きぬくような中腰になる。
もう少し、
ポスターが大分、浮いて来た。
よし、もう一回、もう一回、あと少し、もう一回。
やっと、めりめりと音を立てて道路からはがれた。
救出、成功。
車が多くなってきた。バスもまた、うしろから来た。
あぶない、早く、教室に戻らなきゃ。

教室のドアを開けたら、K君がぱちぱちと私を見て拍手した。
「なかなか、はがれなかったのよ」
皆にポスターの裏を見せながら、訳を話すと
子どもたちが交互に言った。

「先生、そういうことじゃなくて。おれ、あぶら汗、ひや汗!」
「大胆すぎる。こわすぎる!」
「車が何台も、先生の横を通った!」
「バスの運転手さんがめっちゃ見てた!」
「動画、とってる人もいた!」
「先生、ユーチューブにのったらどうする?」
「危険な人の塾とおもわれたらどうする?」
「危険な塾には行かせないっておもわれたらどうする?」
「危険な塾はやめようっておもわれたらどうする?」

でしょ? でしょ?、が
どうする? どうする? って言われても、今更、私、どうする?

確かに、子どもたちの言う通りだった。
北仙台駅の大通りの真ん中で、私はポスターはがしに
夢中になっていた。
せわしなくしゃがんだり、立ったり、
ドライバー方々には迷惑千万だったにちがいない。
なにしてんの?
バスの運転手も見ますよね。
「ねえねえ、見てこの人。危ないよね」
動画をとって、誰かに見せたくなった、なんてこともありますよね。
すみません。

でも小5の子どもたちが、小袁治師匠のポスター救出に
まるで師匠を助けたみたいに笑っていて、ほほえましかった。

小袁治師匠!
10月12日(金)は、
師匠のポスターを心配してくれた子どもたちも行きます。
全塾生を連れて行きます。

玲子














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2018年8月 2日 17:27に投稿されたエントリーのページです。

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