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2020年4月 アーカイブ

2020年4月16日

2020・3月・4月

3月25日
春期講習を無料にて3月の休講分の補講に当てる。
朝から小学生、午後から夜まで中学生の授業をする。

皆、元気。
なにより。

3月28日
補講、春期講習終了。

通常授業は4月8日(水)だが、
連日、感染は拡大している。
今後、授業はできるのだろうか。
不安になる。

宮城県教育委員会の緊急通達。
4月16日まで市内の小中校の休校が決定。
塾もそれに従い、16日まで休塾することにした。
やむなし。

続いて、
緊急事態宣言により、
5月6日まで市内の小中高が休校。
同じく、塾も休塾。

対象の学習塾の延べ面積は1000平米。
当塾は100平米で、休業要請の対象にはならないが、
感染リスクがないとはいえない。
慎重になった方がいい。
感染抑止に協力しなければ。

子どもたちの顔を見ない日々が続く。

授業はできない。
さて、どうするか。
個別対応を考えたが、接触を考えるとやめた方がいい。

夫が通信添削はどうか?
提案した。
今どき、どうなんだろう?

何もしないより、何かできることをしたい。
夫の気持ちもわかる。
やってみよう、ということになった。
課題を与え、返信用の封筒にできたプリントを送ってもらう。

塾生に短時間で説明、ご父兄にも塾は通信添削に切り替えます、と
ご家庭に趣旨を郵送。

「できたらポストに入れてね。
また、こちらから送ります」

小学生はきょとん。
これをポストにいれるの?
そしてどうするの?
また送るから。その繰り返し。
へえーっ。
中学生は、
通信添削ってそういうこと。
はい、わかった。

といっても、いざ、始めて見ると、
すぐに返送してくれる人、なかなか戻ってこない人、
いろいろである。
返送が遅れている人には電話連絡する。

教えるということは、目の前に生徒がいて、表情を見て様子がわかる。
生徒がわからないときは、困惑が空気で伝わる。
たとえ生徒が何も言わなくとも感じる。

それができない。
しかたがない。
何もしないより、いい。

(先生たちもたいへんですね。でもありがとうございます。)
(子どもは、ゲームばっかりです。助かります)
(中学生の息子はなにもかも飽きた、と言ってます。ありがとうございます)

電話でご父兄に励まされる。

夫は毎日教室に行き、ポストをのぞき、送り返されたプリントに
目を通し、コメントを書き、ヒントを書き、送り返す。

「塾をしているより、忙しいな」
午前中から塾に行き、夜8時過ぎまで返送に追われる。
でも、やはり何もしないより精神的にはいい。

通信添削に切り替えてからのことです。
思いがけないあたたかい気持ちをいただく。

3月某日
「先生大丈夫? これ使って」
卒業生の一番町の薬局のNちゃんが早速に
次亜塩素酸を持って来てくれた。
現在、二人の娘を通わせている。
4月某日
奥さんのKさんも教室を訪ねて来て、
「一番町に買い物があったら私がしますから。
届けますから、言ってくださいね」
じんとくる。

4月某日
「マスクが足りないんだ」
夫の以前の一言を覚えていた中2のH君が
お母さんに伝えたらしく、
マスクを持ってきてくれた。

4月某日
「食べてください」
おいしいメロンパン。K君のお母さん。

4月某日
大型瓶の次亜塩素酸をいただく。
「どうぞ、使ってください」
中2のMちゃんのお母さん。ありがたかった。

4月某日
返信用に入っていたメッセージ、中1のK君。
(先生も大変ですね。元気で頑張ってください。
コロナに負けるな)

4月某日
自宅にやってきた卒業生のお父さん、Mさん。
「玲子先生、聞いてください」
照れくさそうにして自分のCDを作ったから、と置いて行かれた。
私はずっとMさんのフアンで、
歌を歌えば哀愁のある声、
ギターもプロとしか思えない腕前で、
密かに通町の石原裕次郎、通町のゴンチチ、と
尊敬している方だ。

早速、聞かせてもらった。
クラシックから昭和の演歌、今に至るまでの
全52曲。
私の好きな曲ばかり。
つまびくギターの音色にうっとり、
聞いているうちに
心が清々となる。

中島みゆきの麦の唄のフレーズが心に留まった。

「大好きな人々 大好きな明け暮れ
新しい大好きを あなたと探したい
私たちは出会い 私たちは惑い
いつか信じる日を経て」

同じ曲を何度も聞いていたのに
今、聞くと感じ方が違う。

聞いた場所、時期によって
歌詞が優しく、心にしみる。
聞く人によっていかようにも聞こえるのは、
この曲に普遍性があるのだろう。

会えない子供たちのひとりひとりの
「大好き」を思い浮かべる。

4月26日
今日も仙台市の感染がゼロ。
ほっとするも、全国ではまだまだだ。

亡き母の言葉を思い出す。
「君にも知れぬ奉公の毎日だった」

昭和4年生まれの母が、戦時中、女学校時代に学徒動員で
親元を離れて暮らしていた頃、誰もが口にした言葉だそうで、
幼い時から母からいつも聞かされた。

「君とは天皇陛下のことだからね」
母はそう教えたが、

だんだん私は、
(誰からも認められなくとも、ほめられなくとも、
一心に働くこと。
見えない君、会ったこともない君、
どなたが君とは知らなくとも、
この身を惜しまず、
見返りを期待せず、できることをすること)
そう勝手に解釈するようになった。

「君にも知れぬ奉公」
そう思えば、
育児や家事で疲れて、不満や愚痴の大嵐に見舞われても
少し、心が凪いだ。

コロナ禍の最前線で勤務の、すべての方々は
「君にも知れぬ努力」の日々だと思います。

気持ちだけですが、
君をも知らぬ皆様方に、
心から感謝します。
本当にありがとうございます。

玲子


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