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雑感

4月某日
18時半過ぎ、中1のB君が入ってきた。

「あれ?今日は授業ないよ」
「......」
「どうしたの?」
「......親とけんかしたんで......」
片手で涙目をこすった。


「そっか」
B君、
「塾にいていいですか?」
「いいよ。何時までいる?」
「21時半」

親と喧嘩して塾に来てくれるなんて、うれしいです。
「じゃあ、勉強しようか」
「うん」

正負の計算のかっこをはずす、まだできていなかったし、英語の暗唱もまだ残っている。

「数学と英語、私と一緒にしようか」
「うん」

いつもなら授業が終われば、手早く帰り支度を始め、一目散に教室を出る。
まして授業日以外に、誘っても勉強するのはなんとしてもいやだったのに、
今日はいたって素直。

英語の教科書を私の後について読む。
今年から新しくなった教科書はどの学年も難しくなった。
中1の英単語は2倍に、
中2も、中3の単元が入り、中3も高校の単元が降りてきている。

Do you  like  baseball ?
be動詞もままならぬのに。

中1の初めての定期試験がアルフアベットと名前が書ければ御の字なんて、遠い昔のこと。

まず、教科書を読めるようにしよっか。
Åer  you from  Sendai?
Yes, Ⅰ do.
よく見て。Yes, Ⅰam.
 
英文が読めないことには先に進まない。

B君は何度も何度も、私の後に続いて読む。
ほどなくして、読めるようになり、日本語を見て、
英文で言えるようになった。
暗唱OK。

次は、数学。
正負の計算のかっこをはずす。
符号があやふやだったのが、それもできるようになった。

途中、B君のお母さんから電話あり。
母親は塾の卒業生です。
「玲子先生、塾に息子、いる?」
「いるよ。親と喧嘩したって聞いたけど」

「塾にいてよかった。......喧嘩しちゃたの」
「聞いたよ。なんでけんかしたの?」
「態度が悪かったし」
いろいろあったらしい。

ありますよね。
わが子の態度。
ふてたり、親を無視したり、
何を聞いても生返事、勉強しないでスマホやゲームだとか。

「今から迎えに行こうかな」
息子が出て行って、急に心配になったらしい。

「今、一所懸命に勉強してるから。しばらくこのままで。
21時半までいるって言ってるから、預かるから心配しないで」
「先生がそう言うなら。でも、いいんですか?
授業でもないのにいさせてもらって」

「いいよ。勉強したいときにいつ来てもいいんだから」
「じゃあ、21時半に迎えに行くからって伝えてください」
「はいよ。B君と一緒に勉強するのは楽しいよ」

それは本当で、
「勉強、嫌いなんで」
B君は小学生の頃から口癖のように言っていた。
それが今日は嫌がらず、黙々と勉強する姿は
感動する。
嫌いな勉強が少しわかりかけたように思う。

21時を過ぎた。
来てから2時間以上は経つ。
私に21時半までいると言った手前、無理しているかもしれない。
中1だもの、疲れて家に帰りたいのかも。

ところが、
「あと、何すればいい?」

「暗唱ができたら日本語を見て、暗写って言って、
英語で書けるようになったらいいね。定期試験は、暗唱ができても
綴りが書けなければ点数にならないからね。」

「わかった。」
ひとりで何度も単語のつづりを練習し始めた。

勉強しながらでも母親のことは気になっているに違いない。
B君の心中を想った。

「21時半になったら、お母さんが迎えに来るって、さっき電話があったよ」
B君の顔がぱっと明るくなった。
「マジで?」
「マジで」

友達でも兄弟でも、親子でも夫婦でも、行き違って、
分かってもらえなくて、喧嘩になるのはやはり、なんだか悔しいし、悲しい。

子どもは親に叱られるのが怖い。でもだからといって
理解してもらえなければ反抗もする。爆発もする。

私はぶつかるのはいいと思う。
ぶつからないのは、どちらかが我慢している気がする。

「子どもとぶつかるのはいいと思うよ」
さっきも卒業生に言った。
ぶつかれば、わかる。
母親といえど、
あんなに怒らなくともよかったかな、とか、
もしや気持ちをわかってやれなかったかもしれないとか。
少し冷静になれば親も反省もする。
急に、わが子が愛しく切なくなったりする。

B君のお母さんのことは卒業生だから中学時代から知っている。
気持ちが優しく、面白くて、つらいことも笑いにしてしまう。
昭和一桁のたくましいばあちゃんの言葉だったらしい。
(こぼしてもどうしようもないから、おもしぇくしたほうがいい)
仙台弁で(愚痴をこぼしてもどうしようもないから、面白くしたほうがいい)
だから卒業生のEちゃんは
(笑ったもん勝ち)と以前にラインに書いてあった。
加えて、ユーモアのセンス抜群、会えば大笑いしてしまう。
いつだってすっきり青空みたいな女性で、
大好きな卒業生の一人。
「いいですよねえ、正史先生のパッション、頼りにしてますので元気でだけいてください」
時々、夫の甘党を知っていて、どら焼き、まんじゅう、
身体にいいからとサプリ、水などなど、手土産にして
「先生、元気ー?」
夫の顔を見に来てくれる。

B君は時計を見た。
「あと30分」
つぶやいた。
母親が迎えに来るまで頑張るつもりだ。
ひたすら、英単語をノートに練習していた。

喧嘩したことで、3時間も勉強したので、
大分、分かるようになった。
努力の成果も知ったのだと思う。

勿怪の幸い。
瓢箪からコマ。
吉凶あざなえる縄のごとし
人間万事塞翁が馬
雨降って地固まる......(ちょっと違うか)

その日は母親と喧嘩したから勉強したけれど、
次の授業は、いつも通り、真っ先に帰り支度をして帰るだろう。
と思いきや、
授業が終わっても帰らない。
「どうしたの?」
また、喧嘩して帰りたくないのだろうか。

「勉強していくんで」

それが毎回、
今もずっと続いている。
夢中になって、22時になることもある。
たった一人で黙々と勉強している。

「何のスイッチが入ったんでしょう?
また、ころっと変わりそうだけど」
いつものように母親は楽しく受け止めている。
コロッと変わってもいい。
続かなくともいい。
勉強したいという今の気持ちを大事にね。

子供の成長は思いがけないことの連続だし、
それに勉強はしないよりした方がいい。
分からないより、分かった方がいい。

「今日もよく頑張ったね。えらいな。すごいな」
私が言うと、
にこっと笑う。

後日、B君の母親、卒業生からラインが届いた。
「次も喧嘩したら塾に行くそうです」

「了解」

なんだか礼を言いたくなる。
B君、ありがと。

玲子


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2021年5月11日 11:35に投稿されたエントリーのページです。

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