教室のドアが開いた。
「今日、成人式なんで・・」
「オオーッ!」
夫の驚く声に振り向くと20歳の M君がにこにこして立っていた。
「おめでとう」
「はい」
「ありがとうな」夫がうれしそう。私も。
「いえ」
節目節目に必ず来る兄弟だ。
春には長兄が
「静岡に行きます」就職の報告で玄関に立っていた。
「兄ちゃんは元気か?」
「はい」
真新しいコートの胸元から紺のストライプのネクタイが見えた。
「いいスーツ、着てんな」
「はい」
夫に言われて
ひとつひとつ、私たちに見せようとコートのボタンをはずし始めた。
新調のスーツがあらわれた。
ご両親は律儀な優しいご両親でケヤキ伐採反対署名の時は
お客さんに説明して何枚を届けてくれた。
あなたも、夫に見せようと律儀にボタンに手を掛け、
ご両親に似て心根のあたたかい、いい青年だね。
「今夜は飲むの?」
「ええまあ」
M君は無口だが、式の始まる前にわざわざ、塾まで来てくれるなんて
なんと、嬉しいこと。
家業に忙しいご両親が「先生、成人になりました。見てください」
息子を塾に送り出したお気持ち・・聞こえてくる。
M君を見送ってまもなく、
「玲子さーん」
玄関から夫に呼ばれて
階段を降りると
あらまあ!
晴れ着のMちゃんとお母さん。
「先生、見てください。」
着付けを終えたばかりのほやほやの美しいMちゃんが玄関で笑っていた。
「先生、姉のときは大雪で来れなくて・・
でも、着物は姉と一緒ですから」
妹のMちゃんも
「同じです」
結い上げた髪は美しく、着物姿もうっとりの可愛らしさ。
なんて可愛いんでしょ。
15になる前に塾をやめたのに・・着物姿は中学生の制服に変わりかける。
「先生、ご心配おかけしましたけど、こんなん、なりました」
「可愛いねえ、なんて可愛いんでしょ!」
それしか出てこない。
お母さんが
「先生たちと一緒の写真、いいですか?カメラ、持ってきたんで」
玄関に3人並んだ。
(塾を続けられなくてごめんね)
「玲子先生こっち向いてくださーい」
「はい」
(それなのに、こうして来てくれるなんて・・)
「もう一枚」元気なお母さんの声。
「はい」
(あなたの役に立たなかったのに)
「先生、もう一枚」
「はい」
(塾をやめないで、思ったよ。きっと、私たちがいけなかったのよね、
でも、こうして会えるなんてあの時、思っても見なかった。)
「先生、念のためにもう一枚」
(この晴れ着姿忘れないね)
「今北先生、玲子先生、失敗したら大変だからもう一枚!
もっと娘に寄ってくださーい」
「はい」
(寄ります。あの時、寄れなかったは私たちかもしれない。
思いっきり今日はあなたのそばに寄りましょ!)
Mちゃんのお母さんは同じポーズの写真を何枚も撮った。
愛するわが子の20歳の喜びの・・・写真だものね・・
それにしても
やめた塾に成人の晴れ着姿の娘を連れてきてくれるなんて
Mちゃんのお母さんはすごいな!
あったかいな!
えらいな!
道なりの角の美容院を曲がり、横断する親子の姿が
見えなくなるまで
夫と見送った。
卒業生の皆さん、
あれー、成人式に行かなかった!なんて思わなくていいのよ。
とうの昔の、塾なんて、忘れたって構わない。
みんなが元気でいればいい。それでいい。
でも、誰かが覚えてくれたり、
会いに来てくれたり、それは有難いなって思う。
今北玲子