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大丈夫

最近、中三の何人かは毎日塾に来る。今日のいの一番はNちゃん。

午後4時。「こんにちわあ」

続いてYちゃん。Oちゃん、Yちゃん、女子が多いが、男子のM君もやってきた。

小学生の授業の中、黙々と勉強している。勉強している姿っていい。

 

そのうち、くすくす忍び笑いとこそこそ話が・・・・・・何だろ?

誰かの邪魔になるほどのおしゃべりではないが、気になった。

「どうしたの?」

5人はただ、くすくす。一人が私に答えた。

「お母さんとけんかしてきたんです」とOちゃん。

Oちゃんの母娘はよくけんかするので、同情するというより、

笑うのだ。

「あのね、玲子先生、うちのお母さんは下と私を比べるから」と話すOちゃん。

「うちもそう。すぐに、下は勉強しているのにって」

Yちゃんが言う。

さらにもう一言。Oちゃん「それが下がまた、できがいいんです」

Yちゃんも「うちも下ができがいいの」

それで、なにがおかしいのかといえば、

「お母さんとけんかして、頭にきたから、塾に早く来たの」

他の女子3人がそこでまた笑った。後ろのM君も笑っている。

そうか。けんかして、塾に早く来てしまった、それがなんだか、笑えるのだ。

でも、それはうれしいこと。頭に来たから塾に来た、とはなんかうれしい。

頭にきたからツタヤに行ったとか、ドンキーに行ったとかじゃない。

おもしろくないから、塾に来たとは、なんかいい。

「これからさ、けんかしたら塾に早く来なさい。家に帰りたくなかったら、塾で勉強して帰んなさい。そのほうがお母さんは、喜ぶから」

「ありがとございまあす。そうします」

しかし、Oちゃんのお母さんとのけんかは、深刻ではない。

本人のOちゃんがしじゅう、笑って話している。

親とすれば、受験生のわが子が勉強しているのかどうか、気分はその子どもの姿に

不安になったり、安心したり、とにかく、親の案じごとはこれに尽きる。

塾に行けば安心するだろうし、塾に来れば、夫の目が光っていると思うから、

一生懸命に勉強しているだろうと親の気持ちは安定する。

しかし、問題は家にいるときだろう。

テレビの前に座り続ければ、いつするのか、気がもめる。

 

私はOちゃんの母娘はいいな、と思う。母親が遠慮なく、子どもにものを言っている。

親は兄弟姉妹を比較しようとは思わないが、

子どもにしたら、比べられていると悲観するかもしれない。

でも、それもきっと、誤解はとけると思う。大人になったとき、自分が親になったとき、そうじゃなかったって思える日が来る。

Oちゃんのお母さんとは面談でお目にかかったが

「お恥ずかしいんですが、娘とけんかしまして」と包み隠さず私たちにも話される。

口調はおおらか。アハハって笑う。

今日のOちゃんもおおらか。「あったまきたから、塾に早くきて」アハハ。笑顔で友達に話している。

けんかするならこうでなきゃ。

受験生を腫れ物にしない雰囲気が家にあるのだろう。

いつ、勉強するのだろう、とやきもきしたら言ってしまうかもしれない。

下の子は勉強しているのに、ひやっとする皮肉が言える、風通しのいい家なのだろう。

親子喧嘩を友達の前で話して、笑えるのがいい。

Oちゃんが笑うから、私もつい笑ってしまった。Oちゃんにしたら笑える話ではないのだろうが、周囲の友達はOちゃんの母娘喧嘩の話を聞くのが好きなようだ。楽しいようだ。

私も好きですね。けんかしたの。ってきくと、今度はどんなことでぶつかったのか、知りたくなる。聞いていて、楽しくなる。Oちゃん母娘のけんかは笑いを提供するんです。

宇野千代は「幸福は伝染する」とは、前にも書いたが、

おおらかさも伝染するにちがいない。中3の女子全員は、

粒ぞろいのおおらかな妻や母になりそうな逸材で、

私もこの輪にいると、アハハって笑える。ウツルンデス。

去年はMちゃんの「ありがとう」が皆にうつって、優しいクラスだった。

 

 二日たって、「お母さんと仲直りした?」と聞いてみた。

Oちゃん「大丈夫です」

ということは、けんかの最中だが、でも、心配には及びません、大丈夫です。または、

仲直りしました、ご心配なく、大丈夫です。どっちだろ?いいや、ともかく、Oちゃんは大丈夫なんだ。

安心した。

 

話はそれるが、中学生も大人も「大丈夫です」って、最近、多いですね。

教室でも蒸し暑いなって思って近くの子に「暑いですか?」

「大丈夫です」・・・・・暑いけど、がまんできます、大丈夫です。それとも暑くないから、大丈夫です、なのかな?

「寒いですか」「大丈夫です」・・・・・・これも暑さと同様、どっちなのだろうか、と思う。

「おなか減ってない?」「大丈夫です」・・・・・・減ってますが、我慢できます、大丈夫です。なのか、減っていません、ご心配なく、どっちなのか、心配してしまいます。

会話はぼんやりしたほうが確かにいい。暑いです、といえば冷房の催促になるだろうし、

この時期で、寒いといえば、冷房を止めてくださいということになる。

自分は暑いが、ほか人は自分と同じではないかもしれない。

大丈夫です、と言えば、どちらとも取れる。

大丈夫です、と答えれば、角がたたない。

向かいの八百屋さんに「今北さん、重いから持ってってやっから」

「大丈夫です」と私もよく言ってしまいます。

「結構です。自分で持てますから」と言えばなんかせっかくのご好意に角が立つ。

だから、「ありがとうございます、大丈夫、持てます」と丁寧に使いたい。

そっか、大丈夫の前には

聞いてくれて、ご親切に心配してくれてありがとうが隠れているのかもしれない。

Oちゃんも、私に「ありがとう、先生。お母さんとは大丈夫です」と言いたかったのかもしれない。 

単品の言葉には前にもうしろにも想いがある。

「大丈夫です」は使い方によっては優しい言葉だが、

はっきりと言わなければならないときは、不向きな言葉かもしれない。

親子の会話には向いている。

「勉強してる?」「大丈夫」・・・・・ほんとかな?あんたの大丈夫は当てになんないけど、と思っても言われないより、ちょっとした親の安定剤か、ビタミン剤にはなりそうです。

夫婦の会話にも格好の言葉でありますね。

「夕飯まだか?」「大丈夫です」

「風呂まだ?」「大丈夫です」

「今日は機嫌がワルそうだね」「大丈夫です」

「愛してる?」「大丈夫」

愛が大丈夫なら、何よりです。

REIKO

 

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2009年9月16日 19:05に投稿されたエントリーのページです。

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