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秋のおさらい 1

夏の終わりに教室をとんとん・・・・・・授業中にノックとは誰だろう。

卒業生であればノックはしないで入ってくるし、教室をはじめて訪ねる方だろうか。

「はーい」

ドアを開けてみれば7期生のS君「あのう、Sです」

わかっています。忘れません。15才以来、23年は経つ。

S君が入塾したのを機に

我家のホームドクターになった医院のひとり息子なのです。

ノックもなしに堂々と入ってきてもいいのに、律儀にノックして名乗らずには入れない、とでもいうように、教室の外にいた。今も、中学の頃と同じ、温和で謙虚で優しい心根の少年とちっとも変わらない。

「ご無沙汰しておりまして・・・・・」

「入って、入って、ねえ、S君だよ。」と夫に告げた。

ご恩のあるS先生の息子です。夫も慌てている。

もう立派なお医者さんになったことは聞いていたが、

会うのは15才以来でありました。

手にはたくさんのジュース。「足りるかなあ、足りますか、先生」

十分すぎるほどです。

「結婚することになりまして。先生に是非ご出席いただきたいと」

招待状が出てきた。

まあ、嬉しい!夫も私も笑顔の笑顔。

 

S君と会うと胸の奥が痛いのです。

公立が不運で、お父様には家族でお世話になっているのに

合格の喜びを分かち合えなかった。

「ごめんね。S君には申し訳なくて、心にずっとあった。

力になれなかったもんね」

S君は「それは違います。先生のせいではないですから」

そう慰めてもらったが、申し訳なさは消えない。

塾に大切な子どもを親御さんが預けるのは「合格」の二文字です。

勉強しない子であれば、おもしろく勉強できるように、

危うい子であれば、合格の実力をと期待して預けるのが親心であります。

力はあるのに不運と、見放された15才のS君。

子どもは商品ではない。人であります。勉強したくないときはある。やりたくないときもある。

人生には、不合格をばねにすることだってある。

しかし、月謝をもらってやる気もない子の成績をあげないでどうする?

合格させないでどうする?

依頼された仕事をしなかった気分になるもんなんです。

招待状は涙でぼんやりしか見えなくなった。

次の日、ポストに招待状を入れる気になれず、夫と二人で

ご自宅に出席のはがきを持参した。

ひとり息子の結婚はどれほどのお喜びか。

玄関にはお母さんがお出になって

またもや、玄関で

「あのとき、つらい思いをさせましたのに・・・・・それなのにこうして

招待状を塾まで持ってくるなんて」

「まあ、あの子が先生のところに持っていったなんて一言も言わないもんですから」

S君のお母さんと目を見合わせてなんだか、また泣いてしまった。

六ヶ月で逝った子がいる。そのとき、真珠のネックレスが見当たらない。

丁度、いらしていたS君のお母さんは私の小さなものより数倍も大粒の高価なネックレスをはずされて、

「これ、してください。先生」とお借りしたことがあった。

さりげなく、優しい方で、あのきゅんとした感じは忘れられない。

10月4日の大安吉日。

夫は本当に嬉しそうに出かけていった。

 

思い出すのは卒舎式のときのこと。

S君のお父さんが、今も夫がなにより、信頼している我家の主治医のS先生が

帰りしなに「先生・・・・・・、ほんとに・・・・・・ありがとう・・ございましたー」

深々と頭を下げられ、両手で私の手を取った。

父親の力強くて、あったかい手だった。

ひとり息子を案じる、うっすら涙も思い出される。

寿の今日。

花嫁の手を両手で取り「よろしく・・・・・お願い・・・します」と言っているような

気がする。手の力とぬくもりは

握ったほうより、

握られたほうが忘れない。

 

10月8日

私は「脳梗塞」の卒業生を呼んでいる20期生のY君がやってきた。

天下の〇〇〇に就職が先ごろ内定して、「先生のところに寄ります」と連絡があった。

それなら、就職祝いに呑もう、ということになっていた。

脳梗塞の学年と呼ぶのはその年に夫がそれで入院。卒舎式の感謝状はベッドの上で書き、その日は病院から外出許可をもらって、終われば、

病院に帰るという言われなき心配をした年の学年で

私は20期生を「脳梗塞」の学年と呼んでいる。公立の発表の日も

夫はベッドの上。塾に合否の連絡が来るたび、私は病院に電話で連絡をした。

あらかた、合格が続いて・・・・・・たった一人、こないのが

Y君。難関高校を受験している。もしや・・・・・1時間が過ぎても電話のベルは鳴らない。

電話とにらめっこをして、やっとベルが鳴った。受話器に耳を当てると、

「先生・・・・・・」

声ですぐにわかる。

「どうだった?」

「合格です」

「よかったなあ、心配しちゃったあ。どうしてこんなに遅かったの?いま、どこ?」

「家です」

あらら、家に帰ってから電話したのですね。

「あなたが最後だから、ずっと心配してた」

「そうなんですか?」

親以外に、誰かが自分のことを心配しているなんて思ってもいない年齢だものね。

きっと、帰宅してからゆっくりかけるつもりだったのね。

最後の嬉しい電話に夫にすぐ連絡したら、同様の心地でベッドの上にいたようだった。

 

Y君は

一度塾をやめると言ったことがある。

隣の生徒がおしゃべりしているのを夫に勘違いされて叱られたようであった。

自分じゃないのに怒られたのが悔しかったからか、やめてやろうと思ったように思う。

呑み始めて、「ですよね。そんなこともありましたよね」

笑って話せる。こういうときのビールはおいしい。

 

そして、数年前、久々のうれし楽し、塾の同窓会がありまして。

夫も皆に囲まれて相当楽しかった・・・・・同窓会が終わった、次の朝、

ピンポーン、

出てみると、Y君。

夫が店に忘れたバッグを自宅に届けにきてくれたのでありました。

「先生のバッグです」

「あら、ありがとう。よくバッグに気がついたのね」

Y君、バッグを差し出しながら、

「今北先生と僕は一心同体ですから」

Y君の真面目とも冗談とも、なんともうまい一言に

大笑いしたのも思い出す。

何年もたっているのに、就職が決まったからって、寄ってくれるその心がありがたい。

今夜はアシスタントをしてくれている妹のOちゃんも一緒。

彼女は中学生のときから端正な文章で、夫が検査入院の

メールひとつにも、あったかい言葉をつづる人であります。

中3に推薦の作文のための練習で書いたものを読んで、思った。

本人は苦手だと思っているらしかったが、とってもうまかった。

直すところなんか、ひとつもなくて、「なんて上手なんでしょ」と毎回言ったもんです。

卒業生でダントツで上手だったのは出版社にいるK君であるが、

K君に次ぐほどにうまい。

Oちゃんにちらしの文面を頼んだとき、

2パターンも書いてくれ、おくゆかしく、「先生の気に入ったほうを使ってください」

どちらも使わせてもらった。

出版社に勤めている2期生のK君もチラシの文章を頼んだら、

3パターンの文面を送ってくれたっけ。 さすが、と思いましたね。

 

この兄妹とここにこうしていると不思議な面持ちになる。

塾の子どもたちとの出会いは親御さんによるところが多い。

 

「ちらしを見てきました」と歯切れのいい口調で、あのときの、お母さんの一言からこの兄妹とのつきあいが始まったのです。二人の母君は筋道だった会話をする聡明な方でありました。

二人を預けてくれたご両親に、頭を下げたくなった。

それは塾生でも卒業生でも、どの親御さんにそう思うことであります。

 

四人で祝杯をあげにいった店は、ここも卒業生のお店の広瀬通りの泰華楼。

「あらら、よかったこと。優秀なんですね。すごいこと。おめでとうございます」と気さくなご夫婦が目を細めて喜んでくだすった。

小袁治師匠がお気に入りの絶品のかに玉、私の好きな酢豚、

「先生、いろんなもの食べてね、若い人がいるから、1人前を、1、5倍でどうかしら」

「はい、そのように」

「わかりました」

そっと耳打ちしていった。泰華楼のママは客に母親のような気遣いをする。

馴染みの客には「いらっしゃいませ」ではなく、「お疲れさま」と言う。

私たちも店に入ると「お疲れ様です、先生」と慰労してもらえる。

帰宅の気分にさせてもらえる。

ここは何を食べてもおいしいです。

(新聞にも載った冷やし中華も最高です)

夫は

「権力にからめとられるなよ。権力はこわいぜ。大きなところにいると、知らず知らずのうちにそうなってしまうから、気をつけろ」

「はい、定期的に先生に、チェックしてもらいに,きます」とF君は言ったが、

私はどんなところでもやっていける。大丈夫だと思う。中学生で「自分じゃないのに怒られたから・・・・・・塾をやめます」と言うなんてね。なかなかできないもんです。

(もうひとり、先輩にいました。誤解されて

「やめてやる、この塾・・・・・・」

センスのいいデザイナーでいい男であります。

8期生の大好きなM君、元気にしてる?)

 

思ったことをずばりと言えるY君の、あなたの魅力が難関の就職先の内定を

もらったのだと思う。

「一心同体の君」

チェックといわず、また、おいでね。

秋のおさらい・・・・・つづく

Reiko

 

 

 

 

 

 

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2009年10月29日 19:40に投稿されたエントリーのページです。

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