秋ですね・冬ですね
カレンダーを見て驚きます。あと2枚です。秋も深まり、もう冬ですね。
1年はあっという間。
ついこの間、私は、小学生だと思っていたのに、中学の卒業式を終えたと思っていたのに、
成人式の着物、結婚式、
なんでもかんでもついこの間、だと思っていたのに。
最近思います。
まだ心の中に小学生の私がいて、中学生がいて、いまだに親になったなんて信じられない。
考えると、なにもかもあっという間、子どもの頃は大人になるのは遠いことだと思っていたのに、
2枚のカレンダーを見て、人生午睡の夢か、ふいに思います。
感傷はこれくらいにして、人生まだまだ!これから!
新しい年になったら12枚のカレンダーが待っています。
9月18日、19日
支援塾合宿がありました。
塾の仲間と1泊2日、卒業生の昌ちゃんのところ、
二口磐司山荘。
震災後初めて、夫がやっと
無事を確かめた大船渡のTさんに会えた。
会えてよかった。顔を見たら泣いてしまった。
大阪、姫路、東京、から16名参加。
震災後、ずっと案じていてくれていた人たちが、
みんなで駆けつけてくれた「合宿」という感じがする。
大阪の親分が周防のKさんを紹介しながら、
「震災の東北に何もできない、何かしたいって言ってたけど、お前、することができたよって言ったんだよ」
(仙台に行こうということなのですね、お痛みかけまして)
創設者の八杉先生の奥様の
悦子先生にも会えてよかった。お元気で、お美しく、ちっとも変わらない。
支援塾の皆さんとは、
住むところは違っても何十年も同じ道を歩いて来たような
友だち兼仲間という気がする。
私たちと同じ、皆、一匹狼の塾を生業にしてきた人たちです。
何を言っても共感する。
塾で子どもを教える思いは
黙っていても、わかってもらえそうな、そばにいるだけでとにかく心地よい。
夜、夫が二口の山の空、辺りにネオンもない夜空に花火をあげた。
真っ暗な闇の空に
ヒューンバーンと赤青緑、金色の花火が勢いよくあがった。
何発も何発もあがっては吸い込まれた。
美しかった。
何も言わずじっと見る人、きれいだとつぶやく人、
こんなこと予想もしなかったね、夫を見つめている人、
同じ花火の夜空を見た。
心像というものがあるなら、あの夜空は消えない。
忘れない。
盤司山荘の昌ちゃんが、自分で打った手打ちそばを出してくれた。
いろいろと挑戦しているのだ。客に出せるようになるまで大変だったろう。
食べてみたら、なんとまた、これがおいしい、おいしい。
温泉の湯でそばを茹で、近くの湧き水でそばをさらすからねえ、と昌ちゃん。
へえーっ!
だからおいしいのね。
朝早く私が車でポリタンクに湧き水を汲んでくるんですよ、と昌ちゃんのお母さん。
水の良さは香りとなってさわやかな匂いが口に広がる。
すごくおいしかった。また食べたいです。昌ちゃん!
そしてその気働きには感動でした。
客の用向きには笑顔、廊下を走ってなんでもしてくれる。
「キンカンある?昌ちゃん」
待って下さい、玲子先生すぐに持ってきます。走って持ってきてくれた。
私だけではない。その日の客すべてに誠心誠意。
昌ちゃんのお母さんもにこにこ笑顔で、あたたかい。
次の朝には黙って花火の後始末もしてくれていた。
亡き父の山荘を、二口温泉の地元に溶け込んで守り、
山荘に来てくれた客を大切にもてなす、Tシャツの汗で滲んだ背中、
走る後ろ姿に
涙が出た。
支援塾の参加者全員が、昌ちゃんのさりげない心のこもった接客には感心していました。
人は見ているものですね。
小学生の頃から優しく賢かった、昌ちゃん、また行くね。
手打ちをそばを食べに、
さらに
いい男になったあなたに会いにねっ!
10月14日
小袁治師匠の落語会。今年は柳家小菊師匠の音曲もあった。
三味線です。
音色にはやはり日本人の郷愁があります。
沁み入る。
塾の生徒も大人になる。いつか、聞いた音曲というものを
思いだす時があったらいいです。
音は住みつくものですよね。
師匠の「猫の災難」で大笑い、「鼠穴」は夢でよかったとホッとする。
どちらも深い味がありました。
真面目に生きるもいい。でも深刻にならずに笑い飛ばせる一席は
人生を気楽にしてくれる。
落語もまた心に住まう気がする。
「一度どこかで聞いた」
秋の
降り出した雨の夜の
師匠を
子どもたちが
大人になって
思い出すときがあったらいい。あるにちがいない、毎年きまってそう思います。
Reiko