某月某日
試験が終わった。結果も出た。
どうだった?
「国語、よかったっす」
「何点?」
「78点」
おお、中2の、卒業生第1号同窓会長の息子N君、他の教科に追われ、つい国語は後回し、2年間ずっと国語の勉強は前日で、
漢字を復習する時間さえなかったのに、
それが今回は早々と始めた。
進歩であります。今までの最高です。
会長の息子のN君が,
私に言い忘れでもあるようですぐ又、戻ってきた。
「玲子先生......俺ってもう80点でしたよね」
「78点は80点です」
「ですよね」
「そうです」
S君は?
84点、
おお、
T君は?
86点、
おお
H君は?
ドキドキする。
だって塾に入ってから点数は一度も下がらないと喜んでいたから、
下がりました、言われたらどうしよう。
おそるおそる、
「上がった?」
「はい、今回も上がりました!」
おお! おお!
夫が夜の親の会で、H君はうれしいことに入塾以来上がり続けています、このまま、上がり続けたら
五百点も夢じゃない。参加のお母さんがうれしそうだった。よかった。
G君は?
落ち込んでいた。
国語のプリントを一枚しか、していなかった。
半分も取れていない。
思うような点数が取れないときって、
なんとも言えない。
わかります。
次のテストは国語のプリントをしてね、お願いします。
(大人だからって、塾だからって、頭ごなしは好きではない。
勉強は請われてするものではないけれど、お願いします!
たまにはいいと思って)
G君、すみません。
謝らなくていいの。
すみません、
子どもって勉強となると自分が悪いことになる。
ごめんね、私がもっと気をつけてあげればよかったね。
すみません。
謝らなくていいからね、今度はプリントをしてねって、お願いしただけなの。
すみません。
某月某日
中3の国語が苦手なMちゃん、毎回プリントを何枚もして頑張っている。
前回もよくやった。
今回はどうだった?
90点、おお、パチパチ。
あれっ、喜んでいない。
玲子先生、前回より下がった、漢字を間違えました。間違えなければ94点、
そっか、でもいいよ、
そうですか。
そうですよ。 90点だもん。
某月某日
小学生が漢検の準備を始めた。
小3、
まず部首を覚えてね、音読み、訓読みも覚えてね、それから問題をするね。
はーい!
塾で一番若い、いつだって元気がいい。
J君、夏の、部首は?
ふゆがまえ、
そんなのあったっけ?
うおー、そうだ、ふゆがしらだあ.......先生、こういうのって、チョー楽しいんだけど。
よかったです。
もう一人、2世のT君、
「あなた、(漢字が楽しいことを) 知らなかったの? オレ、あと少しで去年、満点だった」
すげえな、とJ君。
「今年はむずい、でもやるよ、オレ」
某月某日
小5
「この読みにまる高、って書いてあるけど先生、なに?」
高校生で習う漢字ってことです。
「それってラッキーですよね。小学生なのに高校生の読みを今、わかるって」
最近入塾した双子のひとりのYちゃん。
高校生の漢字なら今覚えなくともいいよね。たいていの小学生は言う。
それをラッキーと思えるYちゃんの感覚はすごい。双子のもう一人のH君も感覚が鋭く、理解は瞬時にして、覚えたことは忘れない。間違えたところは二度と繰り返さない。
教えていて楽しい二人。
「覚えていけない漢字はないもんね、どんどん覚えてね」
「ですよね」
漢検のプリントは毎回ほぼ満点、
Yちゃんの、大人でも書けない、
私も見習いたい、美しい文字にうっとりしてしまう。
漢字が嫌いな子もいる。
小5のY君、理屈抜きでいやなのだ、
もしや、わかる漢字がたくさんある級を受ければ、
楽しくなるかもしれない。8割わかって2割を辞書で引く。
分からない漢字を余裕で拾える。
級を親御さんに了解をいただいて
下げた。
Y君、どう、漢字?
ちょっと楽しいかも。わかるもん。
それはよかった。
ウッス!
某月某日
またまた小3です。あどけなくて、素直で、つい話をしたくなる。
今日の給食はなんだった?
J君、「今日の給食、最高」
なんだったの?
「ココアパンとー、なんだかの野菜のスープとー、コロッケみたいな奴とー、最高はコーヒー牛乳、先生、最高! だった」
いつの世もコーヒー牛乳って人気なのかな。あたしも好きだった。
T君、
「オレなんか、もっとすごいよ、今日は秋刀魚の焼いた一匹だもんね、最高!」
骨はみんな大丈夫なの? 自分でできるの?
「担任の先生が秋刀魚を半分にして、骨を取ってくれるんです」
担任の先生って大変だね。
「はい、大変です。ボクは大丈夫ですけど」
(友達と話すときはオレ、私に返事をする時はボク、使い分ける。えらいなあ)
ひとりでは骨が無理の子どもたちに
取ってあげる小学校の先生の
目には見えないご苦労を想います。
この間の親の会のゲスト、夫の宮教大の教え子
小学校の先生のMちゃんが言っていた。
「トイレにも行けなくて......」
膀胱炎の教師は多いと言う。
現場の先生の実情はあまり語られない。父兄も知らない。
小学3年だもの、
今日も何十人もの秋刀魚の骨を現場の先生が取っていたのでしょうね。
魚の骨ぐらいほっときな、と言ったって、もしそれで骨を引っかけたら大変。
取りますよね、給食の秋刀魚の骨ぐらい。
あらためて、
小学校の先生のMちゃん、エールです。
職員室にいるより子どもたちといる方がいい。
そう言っていたMちゃん、がんばれ!
某月某日
かるた、小四、
鰻、読める? 読めなーい。
今日が初めてだから仕方がない。
卒業生の子どもの
K子ちゃんが,
それはうなぎ、ですよね。
「そうそう、K子ちゃんのお母さんはうなぎダメだもんね」
「そうです。玲子先生、お母さんが鰻がダメって何で知ってるの?」
このあいだ、わかったの。お母さんは塾の卒業生だから。
「そうなんだ、じゃあ玲子先生、
うちのお母さん、バナナもダメなの知ってますう?、ダメなんですう」
そうなの?
それで、ね、とK子ちゃん、
「お父さんが買い物に行くとき、
あたしのお母さんが余計なものを買ってこないでね、って言うんですう。
バナナとかバナナとかバナナとか、
お父さんはその日は大丈夫なんですけど、
次の日、忘れてバナナ、買ってくるんです。
だからお母さんは
買い物にいくときに、お父さんに、いっつも
余計なものは買ってこないでね、バナナトカバナナトカバナナトカ、言うんですう」
あはは。バナナが嫌いだったとは初耳。
娘と同じイニシャル、卒業生のK子ちゃん、
毎日、買い物をしてくれる優しいご主人と暮らしているんだね。
あたっかい家庭が見えるようです。
その卒業生のK子ちゃんのお母さんはその学年の塾生がいっぱいで、
お断りしたら、
「先生、娘が入れるまで、空きがあるまでズットズットズットお待ちします」
何度も電話があって、そのたびにおっしゃった。
夫に相談した。
ズットズットズットと言ったって、ねえ。
入塾には私たちとの相性もある。会ってみれば違うってこともある。
待っていただくにしたって、判断していただこう、とにかく会うことにした。
ズットズットズットのお母さんは
「ご無理申しあげまして、すみません、ありがとうございます」
声がさわやかで、上品で、美しくて、ぱっと目に飛び込む向日葵みたいな笑顔の人だった。
私が先に好きになってしまった。
K子ちゃん、今のあなたと似ている。
28年前の、当時のK子ちゃんは会ってみれば、目が合うと、にこにこ笑顔で、
机をなんとか工夫すればいいかもしれない、と夫婦で話して、入塾とあいなった。
入塾後は可愛くて性格が素直で、人気者だった。
それから
あなたが20代の頃、待ち合わせて昼食を二人で食べたのが最後だったと思う。
2年前、
「玲子先生、まだ塾やってます?
娘をお願いしたくて、入れます?先生」
勿論。
(卒業生のその子どもは予約済み、ということになっております。入っても入らなくとも自由、ですが、私たちの気持ち)
4期生、28年振りのK子ちゃんとつきあいが復活した。
「玲子先生、この子たち、塾が大好きなの」
今、姉妹で通ってきている。
姉は小6、文章が上手で、去年、ある文学賞で賞をもらった。
妹は小4で、こちらも文章がうまい、算数ができないと私の胸でおいおいと泣いたりする。
「あなたは 本が好きでしょ?」
「うん」
「本が好きってすごいことなんだよ。算数もきっとできるようになる」
「ほんと、先生」
二人とも素直で可愛い姉妹。
教室に入って来るとあどけない花が咲く。
28年前、ズットズットズット、お母さんの声と、
バナナトカバナナトカバナナトカ、
3回言うのは母娘なのでしょうか。
でも1回じゃなくて2回じゃなくて、
3回、続けると
なんだか明るくなる。
某月某日
「家でできないのなら塾においでよ。毎日おいでよ。
学校が終わったらすぐおいで、いえ、来なさいね」
「わかりました」という中3が最近増えてきた。
A君、
「先生、塾に毎日来るのが普通になった。学校から帰って、お母さんが用意したものをチンして食べたら塾に行く。普通になりました」
よかった。家ではできないって言っていたもんね。
「はい」
しばらくして、A君。
「母さんがもっと早く塾に行きなさいって」
小学校の授業が始まる4時半、
母さんの言う「もっと早く」塾に来るようになった。
今日も3時半、4時半、5時、次々と入ってくる。
中3のみなさん、
秋が来て、もうじき冬が来る。
全員、合格しますように、
家でどうにもできそうもなかったら、
毎日、どうぞ来て下さい。
授業が終わって、もう10時も近い。
夕方からいる生徒は、オナカペコペコだろう。
帰り支度をした中3が「ありがとございました」と挨拶して帰って行く。
夫が一人一人に「ごくろうさま」と大きな声。
中3のY君が帰るようだ。タイムカードを押した。
Y君は帰る所作が丁寧で、見とれてしまう。
静かにドアを押して、一端教室を出る。ゆっくりと、ありがとうございました。
言ってから姿勢を正し、深々と頭を下げる。
毎夜、この一礼の美しさに心打たれる。
小さい頃、夕方、一日の終いの挨拶を
「おみょうにち(明日)」と大人の誰もが言っていた。
さよならって切ない。またあした、は子どもっぽい、なんて思っていたから、
おみょうにち、優しい感じがして、怖くない明日がやって来そうで、好きだった。
近所の腰の曲がったおばあちゃんの何十年ぶりの懐かしい声をふと思い出した。
私も、
「ではみなさん、おみょうにち」
優しい明日が来ますように。
一礼の丁寧なY君にも
腹へったー、笑いながら帰る中3のみんなにも
そして、今日も一日ありがと、
我が家ともいえる30年来の教室にも
頭を下げて、
今日のお礼と「おみょうにち」をお願いをする。
玲子