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2015年2月 アーカイブ

2015年2月 9日

2月のありがとう

1月下旬から卒業生の来訪が増える。

1月26日
「明日から私立ですよね」
高校生のSちゃんから差し入れ。
キットカット。

1月27日
「みんながんばっていますか。中3のみんなにどうぞ」
大学生のOちゃん、カントリーマム。

1月28日
「そろそろ私立が始まる頃ですよね」
卒業生のJ君、キットカット。

1月29日
「思い出しますよね」
卒業生のV君、キットカット。

1月30日
「気持ちです、中3に」
卒業生のG君、
お菓子がいろいろ。

2月3日
「今日は節分だから、豆を持ってきました」
高校生のH君、T君、
節分に豆まきをしたことなどなくて、
それならと
中3と全員で、
鬼は外、福は内、もらったピーナッツの袋を
片手に、
右と左の教室を小走り、双方の窓を開け、
階段を降り、玄関のドアを開け、
鬼さんには、退出願いまして、
皆で、合格の福の豆と念じて、頂きました。

でも、教室には邪鬼はいないと思っております。
なにかいるような気はします。
(この間、小学生に同じことを言ったら「非科学的です」と
諭されましたが)
楽しいことが大好きな、
演芸大会も
卒舎式も、
大好きで、
笑おうよ、話そうよ、
遊んでもらいたい
可愛い方たちはいるような気がしまして、
二つの教室で遊ぶ、
「みんな元気でいろな」
願ってくれる心優しい
皆さんに一言。
「入試前だから、
お静かに。
中1も中2も定期試験も近いし、
邪魔しないように」


2月5日
「前期入試も近いですね」
高校生クラスの4人が菓子の袋をいくつも持ってきた。

中3の、男子のK君、K君、即座に席を立ってきた。
「ありがとうございます」
高校生に礼にやってきた。
「苦しゅうない」
おどけた高校生のR君、
「がんばれよ」
大きな声でT君。

「そういえば、中3のとき、あなたはいっつも
古いからって、代表でお礼を言えって、言われたね」
「そうでした」
高2のA君。

塾では、
差し入れがあった時、一番長く塾にいる生徒が、「お前が言え」
夫に言われて、代表になる。

去年は、同窓会会長の、小学生1年からいたN君だった。
2年前はA君で、
すっかり大人になったA君と二人で懐かしい、あの時間を思い出した。

2月4日
私立の発表がすべて終わった。
全員、どこかに受かっている。
よかった。
一人残らず、みんな、高校生になれる。

あとは公立の最終志望校を決めるだけだ。
これが、毎年いろいろある。

合格率は、五分五分、四分六、夫は正直に言う。
何と言われようが、
意中の高校はここと決めて、
変えない生徒はいる。
「覚悟はあるか」
はい、と潔く答える塾生については、
何も言わない。

覚悟もない。
落ちたくもない。
親が、
おじさんが、
おばさんが、
先輩が、友達が、その高校はいいと言っていたから。
あなたの気持ちはどこですか。
わからない。
揺れに揺れて、決まらない生徒がいる。
仕方ない。
初めての経験です。
どこの高校に決めても合格できそうな気がするし、
或いはどこの高校に決めても不安が募って悩んでしまう。
誰かがいいという高校に気持ちは傾く。

今年はどうか。
まだ時間はある。
15歳の受験はあれでよかった。
そう思える選択でありますように。

2月7日
バレンタインが近づいて、
Mちゃん母娘がやってきた。
今北先生にチョコレート、塾生のみんなに、
お菓子。
Mちゃんのお母さんのあの一言を思いだす。
「先生、叱咤激励の、叱咤はできるけど、激励ができない」
母親は卒業生で中学生から知っている。
さっぱりとした気性で
激励ができないと大笑いしてからもう6年も経つのに、毎年、
やってきてくれる。
(他のご父兄からも差し入れを頂きました。A君のお母さん、L君のお母さん、
有難うございました)

2月8日
高校生のT君、
「気持ちですから」
チョコ。

2月14日、
バレンタイン、
私から中3全員にチョコを配る。
「あと半月、
がんばんなさいよ」
一人一人の手に渡す。
男も女もなくて、
多少お菓子屋の陰謀かと思いますが、
世の中がそうなっているのなら、
もらわないよりもらった方がいい。

中3の男子に渡しながら尋ねた。
「お母さんからチョコ来る?」
「来ますよ」
うれしいね。
「うれしいですよ。お母さんは俺の女なんで」
そんなことを(息子に)言われたらどんなにうれしいかな。
「冗談ですよ。玲子先生、俺、マザコンじゃないですから」
男はみんな、マザコンでいいの。
「玲子先生、おれはマザコンじゃないですって」
主人もお母さん大好きだよ。
「ほんとですか」
お母さんを大事にする人は、恋人も妻も大切にします。

中3の女の子は
「私の作った生チョコ」
「私の焼いたクッキーです」
逆にいただきました。
ルックチョコもありました。
(私の愛するルック)

2月15日、
定期試験も近い。
中1は、まだ試験の怖さなどない。
8時、授業が終わると、
先生、帰ります。
さっさと時間通りの帰り支度。

「ちょっと待て。なにやったか、見せろ。
直してないじゃないか。直さなかったら、塾に来た意味がない。直せ」
私がチェックした。
その中で、S君のワークが満点?
おかしいな。
同じ問題をしてみた。
答えられない。
「誰に答えを聞いたの?」
「お母さん」
(正直でよろしい)
これが試験に出たら答えられないよね。
「たしかに!」
大人びた口調に笑ってしまった。
お父さんやお母さんに教えてもらうのはいいけれど、
あなたがわからないとねえ。
「どうします?」
事情を言って夫の顔を見た。
S君は、夫に怒られると身構えている。
静かな声がした。
「こんなことをしたってどうしようもないだろ」
「はい」
「もう一回やれ」


中1といっても
心の成長に差はあるけれど、小学7年生のようでもある。、
今北先生が塾に来いというから来ただけで、
高々と手をあげる。
「わかりません」
教科書は見たの? 調べたの?
教科書はありません。
持ってきてないの?
持ってきてません。

「じゃあ、いい。わかんなかったら俺に聞け」
夫が走り回る。

同じ質問に集まった中3には熱がこもる。
真剣に夫の説明を聞いていたように思えたが、
全員が叱られた。
「メモを取らないのか、鉛筆を持て。
信じられない。お前たちは合格したくないのか」

今日は日曜日で、中3が午後1時~5時
その後、中1,2は5時~8時(1時から来てもいいことになっていた)
もう9時も近かった。
夫は
何も食べていなかった。
[玲子さん、バナナ持ってきてないよね」
毎日、18時に
バナナと野菜ジュースを私が用意するのだが、
中1、2が夕方から大勢来たので、忘れてしまった。
「ごめん」
「いいよ、ないんなら」

教室には
私立が終わってから、休日はいの一番に来て、最後まで
10時間もいるNちゃんがひとり、残っていた。
がんばれ、
Nちゃんの顔を見ると思う。祈る。

9時だ。おなかも空いただろう。
「Nちゃん、そろそろ帰ろうか。家でやる漢字のプリントは持ったよね」
「はい」
今夜もがんばるんだよ。
「はい」

「先生」
Nちゃんが近づいて来た。
(帰る間際になっても質問するなんていいぞ!)
思った。
夫も同じだったようで、「なんだ?」とうれしそうに顔をあげた。

「これ」
プリントかワークか、教科書があるものと思って、
「これ」というところに視線がいった。

夫が笑いだした。
「なんで、お前がバナナ持ってんの?」
「おばあちゃんが持っていきなさいって」
「せっかくのおばあちゃんの気持ちだから、Nちゃんが
食べなさい」

「......今北先生、食べていいです」
差し出された黄色いバナナ、
おばあちゃんが孫に持たせ食べさせたかったバナナ、
頂く訳には行かない、と思いながら、
3人で、1本のバナナがなんだかおかしくて
笑ってしまった。

気持ちが嬉しい。
黙っていればNちゃんがバナナが持っているなんて、
私たちは知らないのに、
持っているバナナを隠しておけなかった。
自分だって空腹のはず、
食べずに差し出す気持ちが嬉しかった。
無垢な子どもの気持ちってある。
気持ちだけ、いただくとNちゃんに言っても
「どうぞ、食べて下さい」
引っ込めるつもりはなさそうだ。
「せっかくだから、もらうな」
夫の言葉にNちゃんがにこっと笑った。

1本のバナナの
すっきりとした黄色が
目に焼きついた。
ありがと。

玲子












2015年2月21日

包む


御無沙汰いたしました。
なんとも怠け者のブログです。
まずは、2月、3月、4月、5月、心に残ったことを。

2月21日
中3の国語は、
過去問から作文を出題した。
「包む。この言葉から思い浮かべることを一つ上げ、
あなたが感じたことを書いて下さい。(三重県)

中3はきょとんとしている。
「たとえば、餃子、
包みますよね。そんな思い出がもしあれば
お母さんの餃子、おいしかったな、
そういうことでいいんです」

『包む』
中3のみんなの作文を読んだ。
圧倒的に
「お母さん」

(お母さんの餃子がおいしかった。私は包まれた)
(お母さんにプレゼントをした時にラッピングをした。
予想通りにお母さんは喜んでくれた。私を包むのはお母さんの笑顔だった)
(小学生の頃、泣いて帰った時、お母さんが抱きしめてくれた。
いつも僕は包まれていた)

いくつになってもお母さん。
うちのお母さんはうるさくて、
口では言ってもそう思う子どもはいないのですね。

お母さんを、
当たり前ですが、大好きです。
反抗して、ふてくされて、言うことを聞かない。
ああ、子育ては難しいな、
そう思うことはありますが、
子どもは
お母さんが大好き。
お母さんが笑えば心も晴れる。
日頃、言うことを聞かない、勉強もしない、苛立って、
どうすんの?ねえ、聞いてる?
わかってるって。
わかってないでしょ?
うるせえな。
ふてたとしても、
まだまだ、お母さん大好き、
いいなって思いました。

私の母はもう天上のひとですが、
「お母さん」
口に出すと包まれます。
(親思う心に 親はいますなり 守れ 吾が身を 親を思いて)
(神思う心に 神はいますなり 守れ 吾が身を 神を思いて)

夫の親友のご実家の、金光教、加法教会の祭壇脇に
書かれた言葉が
私の座右の銘なんです。
そばに母はいなくとも、「母はいますなり」
生涯、子どもは母に包まれるのかもしれない。


3月1日、日曜日。

入試まで時間が足りないと焦っているNちゃん、
理科が終わらないと猛勉強のA君、
学校の休み時間さえも惜しいKちゃん、
中3のみんなは今日もよく勉強しました。
夕方になって、そろそろ帰り支度を始めたので、
「今日は主人の誕生日なの。おめでとうって言ってくれたら
嬉しいんだけど」

おめでとうの、催促は性に合わないんだけど、
夫は、入試前で、あれもこれもと気になって
疲労困ばい、
せめて誕生日に、先生、おめでとう、
そう言われたら元気が出るかもしれない。

どうする、どうする?
中3で相談が始まった。
今日は、
5時から隣の部屋に高1も来ている。
毎年、卒舎式の感謝状、奉書用紙に、夫が書きやすいように、折ってくれる。
恒例で高Ⅰの来れる人にお願いしている。

高ⅠのSちゃん、
そしてSちゃん、Sちゃん、Mちゃん、
続いて、A君、H君、T君、遅れてQ君、
計8人。
高Ⅰにも、誕生日なの、と言った。
いの一番に来たSちゃんは、
「わかっています。今日は今北先生の誕生日ですよね」
さすが!みんな、知っていた。
高Ⅰに
「じゃあ、中3が相談しているから、きまったら、あとで一緒におめでとうを言ってね」

中3の古参のH君が、
(はっぴバースデー、せいの、
正史にする?今北先生にする?
ひそひそ話して、決まったようだ。

今北先生が来た。
せえの!
行っちゃった。
今北先生、来た。
せえの!
また、行っちゃった。

夫は高Ⅰと中3を往復して、なかなかひとつところに、
じっとしていない。
中3が歌おうとすると、
せかせかと教室を出たり、入ったり。
見かねて、
「ねえ、ここに座ってくれない?」
「なに? ちょっと待って。今忙しいから」
待つしかないか。

やっと、やっと、
私を見て、
座ってってなに? 何か用なの?

中3の前に夫が座った。
せえの!!
♪♪
happy birthday to,you
happy birthday to you
happy birthday dear MASASHI
Happy birthday to you
♪♪
パチパチ、先生、お誕生日、おめでとう。
高1も、今北先生、おめでとう!
夫が照れてしまって、
「もういいよ、もういいから。それより俺に、プレゼントは?」
「ないです」 高ⅠのH君。
「ないのか?」
「ないです」
どっと笑って、
私たちは包まれた。

プレゼントはなくていい。
ハッピーバースデーの歌に、
大合唱に、
夫が生まれたことに、
ここにいることに、
そして、みんなに包まれた。
あったかかった。

卒舎式
15歳、
親御さんにすれば、小学校を卒業、中学校を卒業、早いものだと述懐し、
迫る入試の発表は数日後、
心配でたまらない状況と、心境の中で、
申し訳ないと思いながら、私たちの行事におつきあいいただきました。
本当に、ありがとうございました。

卒舎式。
ひとりひとりに、これまでのつきあいに感謝状を渡した。
それに対して、
作文の嫌いな人でも、なんとか文章を綴ってくれる。
レポート用紙だったり、原稿用紙だったり、
缶にマジックで文章が書いてあったり、
(缶を開けたら、びっしりの、私の大好きなリーメント、
食玩サンプル!うれしいのなんの)
今年も忘れられない15歳でした。

小袁治師匠の、今年の演目は「平林(ひらばやし)」
定吉が旦那様に本町の平林さんちに手紙を持っていく用事を
頼まれる。定吉は途中で平林を忘れてしまう。成り行きで、
通行人を巻き込み、「たいらばやしか、ひらりんか♪♪」
陽気な韻律、
落語ミュージカルみたいでした。
前列の小学生、楽しい師匠の語りに、夢中になっていました。
私も楽しかった。
終わったら、
「玲子先生、小袁治師匠にサインもらいたんですけど」
あたしも、あたしも、。
可愛い手が何本も上がった。
フアンになったようでした。
師匠に話すと、「色紙を送りますよ。名前を教えて下さい」
数日して、名入りの丁寧な色紙が届いた。
ワアー、自分の名前が入った色紙に小学生は大喜びでした。

今年も小袁治師匠のお蔭でつつがなく卒舎式を終えることができました。
師匠、ありがとうございました。

3月某日
国立大の合格発表。
気になる高3がおりまして。
3年前、志望校を不運にも不合格のG君の合格発表の日です。

毎年、高校合格発表の夜、
私は中3全員に電話をかける。
合格の家族は大喜びで
あなたの力です、おめでとう。

15歳にして人生の試練を味わった本人や家族には、
なんと言っていいかわからない。
いつも口にでるのは、
「なんのお役に立てませんで申し訳ありません」

3年前のあの夜、
G君の家にも電話をかけた。
受話器を通して、家の中が沈んでいるのがわかる。
G君のお母さんに「お力になれず申し訳ないです」と言い、
本人に代わってもらった。
「私たちの力不足で、あなたの役に立てなかった。ごめんなさい」
「先生たちのせいじゃないですから」G君は少し涙声だった。
「3年後、あなたが入りたい大学に受かったら、
教室の階段を駆けあげって
受かりましたって、言ってほしい。
3年後の朗報を待ってるね」
はい、がんばります。
あれから3年が経った。

G君のお父さんは卒業生だから、この界隈で会うと、
様子を話してくれる。
「今北先生、息子は猛烈に勉強してんですよ」
「国立を目指しています」

そして今日が発表の日、
あの夜の約束は覚えているだろうか。
覚えていたとしても、合格しなければ来ないだろう。

階段の音に耳を澄ます。
もう発表は終わったはずだ。
夕方の5時、6時、来ない。
ダメだったのかな。
7時、8時、来ない。
とうとう、9時半、授業が終わった。
来ない。
夫も、だめだったんだな、とつぶやいた。
そのとき、
ドアが開いた。
G君じゃない。G君のお父さん。
朗報じゃないから、代わりに来たんだと思った。

何も言わずに、
親指と人差し指の
「まる」
夫も私も飛び上がった。
「今北先生、息子はやりました、信じられないです」
夫も、「おおっ!すごいな。アシスタント、決まりだな」
駆けあがってきたのはG君のお父さんだった。

くやしかった15歳の気持ちを持ち続けたG君の
努力と志の高さはすごい。

次の日、「早く塾に来て」と夫から電話があって、
急いで行ってみると
G君。

おめでとう、やったね。3年前、覚えてる?
はい、だから、今日報告に来たんです。
昨夜、お父さんが来てくれたよ。
ええっ? 父が来たんですか? 知らなかった。
わたしたち、驚かないで、おめでとうって余裕で言ったでしょ?
はい、おかしいなって思ったんですけど。
あなたのお父さんは卒業生だもの、うれしくて、うれしくて、
教えに来てくれたよ。
......
先生、父ってすごいなって、思うんですよ。そういうことが最近ありました。
(18歳、大人の目で、親を見る年頃になったんですね)

アシスタントは快く引き受けてくれた。
人間万事塞翁が馬、吉凶あざなえる縄のごとし、
うまくいかないときこそチャンス、
いろいろあるけれど、
G君の合格の笑顔は、3年前の涙声のくやしさを
洗い流したことにはちがいないと思った。

中3の合格発表
全員合格とはいかなかったけれど、
内申点がおもわしくなくて、ひやひやの人も、
私立の番狂わせで、落ち込み、でも公立志望高は下げなかった人も、
入試当日の出来が悪かったと落ち込んだ人も、
皆、合格した。
よかった。よかった。

4月、
我が家は引越しの準備に追われ始めました。
30年も住んだ自宅を引っ越すことになりまして。
引越し日は4月29日、
いらないものは捨てる。
思い切り捨てれば、なんとかなるだろうと思っていたが
捨てる、ことは簡単なようで、難しい。
子どもたちの、子ども時代に描いた絵、テスト、作文、
懐かしい人形、ぬいぐるみ、
判断がつかなくて、思い出の品は子どもたちに、
本人に任せた。
それぞれ、とっておくのかと思ったら、
この絵は?
「捨てる」
テストは?
「捨てる」
意外に思い出に未練はないようだ。

押し入れの奥に、30年前に引っ越して、そのままになっていた
段ボール箱がありました。
おそるおそる開けてみましたら、
私が小学生から大事にしていた
どこにいったのだろう、と思っていた
犬のぬいぐるみが30年ぶりに見つかった。
感動の再会!
30年もこの段ボール箱でじっと黙っていたのね。
申し訳ない。ごめんなさい。
背中にチャックの付いた「ワンコ」と呼んでいた、
母に初めて買ってもらったぬいぐるみ。
嫁入り道具のひとつで、ずっと一緒ねと誓いあった、ぬいぐるみ。
引越しは、思いがけない再会、なんてこともあるもんです。

家の中は、捨てるもの、持って行く物、仕分けがつかない状態で、
足の踏み場もない。
でも、今の自宅より狭い家に引っ越すのだから、
捨てなければならない。
えーい、心を鬼にして、処分に専念した。

29日、引っ越し当日、自宅の横に、ゴミの山ができた。
2トントラック、2台分。
この日、引越しを頼んだのは地元で頑張っているという、
「アース引越しセンター」
若者が3人、やってきた。

その働きぶりに目を見張った。
布団らくらく、3組、持って階段を降りる。走る。
処分の机、本箱、テーブル、
何を頼んでもさわやかな笑顔で、大きな声で、
はい!

一番驚いたのは、
荷物が積み終わって、
最後にトラックで自宅から塾に運んでもらった学習机の時。
塾に運んでもらったはいいけれど、学習机はやはり捨てよう、
気が変わりまして、
「ごめんね、処分します。自宅に戻して下さい」
いいですよ。はい!

机はトラックに積んで運ぶのかと思ったら、
(たぶん、予定より時間がオーバーしていたこともあって)
リーダー格の男性が
二人がかりでも重かったはずの机を両手で、軽々持ち、
ひとりで階段を下りた。
すごい、力持ち。
そのまま、机を持って外に出た。なんと、走った。
学習机を持って走れるものなの?
休み休み行くのだろう。
いやいや、スピード変わらず、
ミスタードナッツを走って通り過ぎた。
ホルモン食堂も通り過ぎ、
紀生の前で左右確認して道を渡り、
自宅まで一気に運んだ。

塾の向かい側で、有名な引越しセンターの車が止まっておりまして、
リモコンで操作するハイテクな引越しが目に入りました。
かたや、学習机を両手で運んで走る若者の、
ピンと張った日に焼けた太い手、走る足、
なんだか、その姿に
その若者に感動してしまった。

人が住み慣れた家をあとにするとき、
たくさんの想いに翻弄され、時間の中に、うずくまりそうになる。
そういうとき、
さわやかに、元気に、
段ボールを次々と運んでくれ
汗を流し、ただひたすら、手伝ってくれる人に
救われることもあるなって気がしました。


新しい住まいの向かいは卒業生のM君の実家だし、
町内会会長は卒業生のお父さんで、心強いし、
電気屋さんも今年慶應に入学したYちゃんのお父さんで、
古いテレビも、家電のいらないものは処分してもらい、
引越しの前日にテレビ、冷蔵庫、洗濯機、を運んでくれて助かりました。

向かいの3期生の卒業生のM君のお父さんは、
水はけの悪い庭に、庭といったってふた坪ほどですが、
砂利を入れることになって、半日、監督をしてくれて、
風呂場も(風呂が汚なくては先生たちがかわいそうだと)
掃除してくれたそうで、(電気屋のYちゃんのお父さんから聞きました)
その後、排水溝が匂わないように、と蓋もこしらえてくれて、
でも
自分のしたことは何一つ言わない。
私なら、言いたくなりそうだ。
「ずっと監督しましたから。そうそう、風呂場も掃除しておきましたから。
排水溝の蓋をしたのも私です)
でも
自分からは何も言わない。
息子がお世話になったといっても、
かれこれ30年前のことです。
有難くて、お礼に伺ったら、
「いえいえ」 笑うばかりでした。
さりげない、青葉町界隈の人情に、夫も私も、包まれました。

29日のその夜、同窓会会長のN君、
早速駆けつけてくれて、
「うちのマンションから先生のうちまで、
どんと一直線、まっすぐですから、いいですよ、ここは」
と喜んでくれ、
段ボールの山の中で楽しいお酒を
飲みました。


住む場所が変われば、歩く道も変わり、
会う人も変わる。
5月、
「玲子先生、引っ越したんだって」
私を見つけて、自転車をおりたのは、高校生クラスに通ってきている
T君のお母さん。
「そうだ、これを玲子先生に見せよう」
携帯の待ち受けのかわいい女の子、
「あの子も母親になりました」
二人で携帯の待ち受けを覗きこんで
感慨深かった。
最近は、結婚、出産、の話が多くなりました。

塾を終えて、今度は踏切手前で
「玲子先生」とうしろから声をかけられた。
T君のお母さん。
「今北先生には息子がご迷惑ばかりかけまして」
迷惑ではないですが、
でも親とすれば、
受験間際になって塾をよく休む、ことは
ご心痛だったと思います。

まして、卒舎式の朝、
「T君に来て下さい、と伝えて下さい」
休みがちのT君に卒舎式に来てほしくて、
私が電話したものだから、
お母さんが一人で卒舎式に来て下さった。
夫も、
お母さんをT君と思って、
感謝状を読んだけれど、迷惑をかけたのは
私たちではなかったろうか。

卒舎式が終わって、
「玲子先生」
その声に、
息子に宛てた夫の文章への感謝と、
私たちになんと言っていいかわからない気持ち。
(私も子育ての中には何度もあった。
学校の担任の先生や部活の顧問の先生に
子どもたちが、行きたくない、やめたい、と
迷惑をかけたとき、
ひたすら詫びた思い出)
それがすごくよくわかった。
「T君から、卒舎式には来れないってちゃんと連絡がありましたから」
「ほんとですか」
卒舎式が始まる直前に、
「今日僕はいけません。すみません。
親が行きます。
今までありがとうございました」
律義に欠席の連絡をくれていた。


踏切手前の歩道の前で並んだ。
T君とは高校入学後、会っていない。
「T君は、高校に、元気で通ってますか」
「おかげさまで、元気です。
あの子、今北先生に、
公立の報告もしてないですよね。申し訳ありません」

親が報告するのもどうかと思っていらしたと思う。

「ありましたよ」
ええっ!ほんとですか。
ほんとです。
T君のお母さんが卒舎式のときのように
驚いた。

公立の発表が終わって、
T君からメールが入った。
「おちました」「すみません」
「連絡ありがとう。あなたが入った高校が一番です」
夫がいつも言っている言葉を伝えた。
すぐに返事が来た。
「はい」

(T君は素直でやさしくておもしろい。
授業中、T君が私を見て、おどけた顔をしたことがあった。
それが面白くて、ころころ笑ったら、、何度も何度も、
ひょうきんな顔を見せて、笑わせてくれた。
あのやさしさは、父にも母にも姉にも、持っているはず。
卒舎式の欠席も、公立の報告も礼を尽くしたのは
T君の心根の良さだと思う)

「そうなんですか」とお母さんは泣いていらした。
T君のお母さんとは、会えば、
「塾を休んでばかりですみません」
「T君には言葉にできないなにかがあるんですよ、きっと」
入試直前になって塾に行かない、など、
楽しいことではない。苦しかったと思う。
私も、
私たちが悪いのかもしれない、と会えばよく泣いた。

踏切手前の歩道の信号は赤。
T君のお母さんが、
「玲子先生、先生は信号を守る派、ですか」 
「いえ、守りません。赤でも渡ります」
車は一台も通らない。
「じゃあ、行きますか」
笑って、二人で信号無視、
玲子先生また!
渡り終えると、自転車を走らせて、前を向いた。
いいお母さんだな、
夜に吸いこまれる後ろ姿を見送った。


5月中旬、
高1、A君、K君、K君、
青葉祭りに来たからと、塾に寄ってくれて、
帰りしな、A君が、
「今北先生、お元気で何よりです」
私は居合わせませんでしたが、
夫はあの言葉にはぐっときたな、と言っておりました。

そのA君のお姉さん、Mちゃんに二日後、
初めて会いました。
いろいろあって、塾には通ってきていなかったけれど、
相談に乗ることに。
A君が「北剏舎ならまちがいはない」とお母さんに言ったそうで、
「お元気で何より」もうれしかったけれど、
これもうれしかった。

Mちゃんがホルンを吹いているというので、
次の日、わがままを言って、聞かせてもらった。
ホルンの独奏を聞くのは私は生まれて初めて。
教室にホルンの音が響いた時、
なんとも心がいっぱいになり、気がついた時は、
涙が流れて、止まらなかった。
涙には
我慢する涙と我慢しなくていい涙があると思う。
私は涙を拭うことをやめて、涙が流れるままに
曲を聞いた。
素晴らしかった。

楽器は技術もさることながら、
奏でる人の感受性や、表現力、心の美しさが音になる。
A君のお姉さん、Mちゃんには
そういう人を感動させる何かがあった。
今はつらいこともあるだろうけれど、
純粋な心のMちゃんの、
あなたの演奏に、心打たれる人は多いと思う。
いち早くあなたの力を見抜いた、
高校の先生が応援してくれているように、
私もあなたに会ってすぐに、大好きになりましたし、
役に立ちたい、応援したくなりました。
Mちゃん、
この道を行きなさい。
そう思った。
Mちゃんのホルンの音は
胸に、おなかに、ときに切なく、
ときに力強く、地響きのように、入ってきた。
私、
引越しの疲れが取れていくようでした。
ありがと。Mちゃん。
あなたには人を癒し、元気にさせる力があります。

2トントラック2台分の、思い出を捨て、
すかすかになった気持と、
住み慣れた家を去る、
30年の感傷どっぷりの気持も
人情に、素晴らしい音に、うめられました。

新しい場所というのは
道も違えば、景色も違う。
仙山線のガードの上に広がる夕焼けは
ひときわ美しいと思っていまして、
今までは遠景だったのが、
赤や黄色、薄い青が混ざり合った夕焼けを
近くで広く見渡せ、
感動ですし、
そして、
住めば都って言いますけど、
ほんとですけど、
引っ越した家は、
築、数十年は経つ古い家ですが、
狭い家ですが、
例えば、あの感じ、
10代に、ふと話した友達、
話してみれば性格が良さそうで、気が合いそうで、
趣味も同じだったりして、
友達になりたいような、なれそうな、
そんな予感がする、
あの感じに似ていて、
暮らしてみれば、
小回りのきく間取り、小さな庭のごろりとある石仏みたいな石たち、
長いこと、放置されたわりにはみずみずしい緑の木々、
家の周りにぽつぽつと、身を寄せ合っている苔たち、
なんだか気があいそうで、
仲よしになれそうな、
もっと仲よしになりたいような、
家に
住み始めました。

玲子



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