4月19日 J君
卒業生のJ君は菩提寺の総領息子。墓所のなかった私達は塾が縁で
檀家にしてもらったのが19年前。J君の披露宴に夫婦で招待された。
厳かで温かい披露宴。小学生の頃からのつきあいのJ君の隣には
伴侶となる女性がいるなんて嬉しい。先日、寺で立ち働く姿や物腰を
遠くから拝見した。気持ちの優しい女性。
私たちに次男が誕生した時、在塾生だった小学生のJ君T君。
二人とも素直でいい子だったから、あやかりたいと二人の共通の「也」を
勝手に頂いた。
J君は家族を亡くした気持ちを感じるいいご住職に
なったと思う。
「もし、自分が寺を継がなかったら、姉や母が
お坊さんにならなければならないから」
友人のスピーチに場内はほほえましい笑いに包まれたが、
じんときた。
あの小学生の頃から、寺の跡継ぎ、私達にも
言っていたその言葉の向こうに、子どもの一途なものがあったんだ。
披露宴の最後、お父さんのご挨拶。
「息子はお父さんとは言わずに住職と呼ぶんです」
私達にも礼儀正しく、親に対しても律儀さは変わらないんだ。
お父様は息子を育てた方々を網羅し
多くの方に息子はお世話になりました、これからは二人をよろしく
と結んだ。
わが子が生かされてきた感謝と親心には涙が伝う。
5月12日 K君
K君の披露宴は丁度、主人も無事退院し、アルコールは
無理だったが、二人でウーロン茶でも酔えた。
K君は大学4年間、塾のアシスタントをしてくれた。
当時、大手新聞社の論説員と知り合いで
仙台に来た折、塾生に会ってもらったことがある。
論客のその人と中3の塾生が会うことは何かいいことに思えた。
ものを書く、いい大人と会わせたかった。
ひとりひとり、質問をして丁寧に会ってくれた。
終わって、あの子の名前は?
K君です。「そうですか。聡明な少年だ。まっすぐな瞳。あの子の人生に
私は期待するし、祈る」言い切った。
同感でした。ひな壇に伴侶を得たK君の顔が
あの時の15才の横顔に重なる。
その後、お父さんが亡くなられて、K君のお母さんはご苦労だった。
家庭の事情が押し寄せる中でずっと、
K君は、ちゃんと勉強して、ちゃんと周囲に気を使って、
ちゃんと生きてきたけれど、私は、K君がたった一人で頑張っていた
ような気がして2O歳を過ぎても、未だにいつも愛しかった。
でも、あなたはもう、ひとりじゃない。よかった!
小学校の塾日記を主人が探して持ってきた。どんな小学生だったか。、
披露と共にK君にプレゼントした。
小学生の自分の日記や主人のスピーチに下を向いて泣いていたけれど
あなたの涙は今日は悲しくないよ。
もうひとりで乗り越えなくていいね。懸命に育てたお母さんを大切に。
アシスタントをしてくれた夏のキャンプ。
深夜、私と飲みながら
「先生、遊んでやれるいい父親になりたい」
あなたの言葉ではなかったか。
これからはいつだって、
あなただけを振り返る素敵な女性がいる。
その夢が叶うといいな。
6月8日 K君
授業が終わったのに、なかなか主人は帰宅しない。
まあ、いいか。では、お先にビールでも。
「玲子さんに会いたいって」
勝手口から主人に呼ばれた。出てみれば自宅前の駐車場に
10人ほど。
「玲子先生!」
「同窓会だからって教室に迎えに来てくれて、少し、呼ばれたんだ」
暗闇に懐かしい顔がいっぱい。
「玲子先生、K君結婚するって」
「まあ、よかった。好きな人ができてその人と
暮せるってなんてよかった!」
「玲子先生、K君のこと覚えてる?」
「忘れない!」
「ほら、さっきも今北先生が覚えててくれたって
感激してるの。先生たち覚えているよねえ。」
K君は優しくて、友人を困らせることもないし、心の見える
気持ちのあたたかい15歳だった。
つい、両手を握った。
「よかったね。おめでと。
あなたとこれから生きていくその方に
ついていきなさいよ」
「はい」
私は結婚する卒業生の男性には決まってこう言いたくなる。
女性には「好きな人を守ってあげてね」
大抵、女性は「勿論です」と返ってくる。
男性はつまらないことにこだわらず、
男は愛嬌!女は度胸!
「ほら、玲子先生にも報告できてよかったね。じゃあ、カラオケ行こう。」
しっかり者の同級生のIちゃんに言われて、歩き出す。
報告にきてくれたのだ。後ろにいた卒業生は深夜にも大きな声で
「玲子先生!またねえ。今北先生も飲めるようになったら、飲もうねえ!」
「カラオケにも行こうねえ」
「うん!」
バイバーイ!こんな夜は素敵です。
長くなったので、あとの二人は次回。
今北玲子