« 親に会うのはいい!① | メイン | 親に会うのはいい③ »

親に会うのはいい②

「あぺとぺな子ですが、お願いしたくて」
お母さんが言う通りだった。
塾初日から、授業中に鉛筆を落とす。拾ったかと思うと消しゴムを落とす。
又、鉛筆、消しゴム、立った拍子につまづいて転ぶ。
勉強をしたくないのも半端ではない。鉛筆を持たせるのに一苦労。

それから何度も話して聞かせた。「わからないことは教えるからね。物を落とさないでね」

勉強が大嫌い、大嫌いの上に大が3回ほどつくくらい嫌い。
W君の面談。どうしてそれほどまでに勉強が嫌いになったのか?
少しでもW君のことを聞きたい。
「鉛筆を持たせることが難しいのです」ありのままを話した。
長身の美しいお母さんは「そうかもしれません。勉強どころではなかったの」
豪快に笑うと、身の上を話し始めた。正直な気持ちのいい方のようだ。

数年前にW君のお父さんと離婚、そして再婚。
包み隠さず、私たちに話してくれた。
自分のことを飾らず、笑うと屈託なくて魅力的な女性だ。

勉強は大嫌いだけど、私はW君が好きだ。
可愛くてつい微笑んでしまう子どもらしい子なのだ。
塾を出る時、私は小学生は玄関まで見送る。W君は自転車で乗って帰る。
「せんせーい!バイバーイー、さようーなら!せんせーい!バイバーイー」
塾の前はバス停。夕方は沢山の人が並んで待っている。
人目も気にせず、大きな声で笑顔で何度も振り返る。手まで振ることもある。
「前をみてー」
「だいじょうーぶー。せんせーい、バイバーイー」

お母さんの話を聞きながら、W君の鉛筆を落とす姿、自転車の後姿
脳裏のW君を追う。あなたはその年で
お母さんの選んだ生活を受け入れて暮してきたのね。なんて偉い子なんだろうと思った。

その日、W君はいつものように早々と教室にやってきた。
「こんにちわー」
授業が始まる前のいつもの確認「漢字は大切だからね。きちんと覚えようね」
「うん」

急にW君のお母さんの話が思い出された。
「あの子は私にはつらくとも、何も言わない。我慢するんです」

「わからないことはなんでも言うんだよ」
「いいよ。わかった」
W君の頭を思い切りなでた。「いい子だね」
W君は笑ってじっとしていた。
「先生、ほら見て!」
頭をなでられたお礼のつもりなのか、ひょうきんな寄り目の面白い顔をした。
私が大笑いすると何度でもしてみせた。

「先生、これは?」読めない漢字を覚えようとし始めている。
W君を離れて別の子に行くと、「先生これは?」
教えると又、呼ぶ。「先生これは?」
「待ってね。すぐ行くから」
「先生、教えてよー」
「待ってて、行くからね」
「先生、お願い、教えて」
私の左手を、両手でつかんだ。強い力ではない。
「行かないでよー」
小さな両手はやわらかくて、ふわふわしていて、あたたかかった。
今北玲子


About

2007年7月11日 21:21に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「親に会うのはいい!①」です。

次の投稿は「親に会うのはいい③」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。