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中島敦「山月記」

夫は午前の10時の小学生から、夜の8時まで冬期講習です。
一時も休みなし。
夕方・
私も夕食支度を終えたら行かなきゃ。
「中2のD君が鼻血だした。来れる?」
夕飯の支度の途中だが、
急いで
教室に行ったら、もう止まった。
家に戻ると又、電話。
「今から行ってもいいですか・」
「いいよ」
通信制のSちゃん。
「できるところはやっててね。すぐ行く」
夕飯の支度は途中で放棄して「後は適当に食べてください」
子供たちに任せた。
Sちゃんはスムーズにレポートは進んでいる様子。
「わかる?」
「はい、結構できます」
「山月記」のレポートのようだ。・・大好きな作品。

(舞台は中国。リチョウは俊才。科挙の試験にも合格。しかし、上司にへいこらするのはいやだ・
いずれ、100年後の作品を残す、詩家を目指して辞職。
しかし、文名は出ず、出奔。旧友のエンサンはある日、虎になったリチョウと会う。
リチョウは虎になった顛末を旧友に告白する。

出没のトラ・・・・
出会った虎は「お前か・エンセイ」
そういうお前は「リチョウ」
・・・

最近は山月記はよく高校の教科書に載っている。
この間も「先生、どこでますか?」
山を張りに来た高校生がいた。

さて、
「Sちゃん、いい話よね」
「はい、人間が虎になって、友達も虎になって、二人で仲良く暮らす話ですよね」
そっか。レポートは教科書の解説を写して何とか埋められても
Sちゃんは漢字が苦手。小中、不登校気味で高校中退。1行にひらがな少しの山月記は大変だ。

「時間は大丈夫?」
「はい」
「読んでみようか。すごく、いい話」
「読んでもらえるんですか?」
「いいよ」

朗読の箇所を鉛筆で指しながら、
Sちゃんは教科書をじっと見ている。
40分。私の朗読を瞬きもせず、
教科書に釘付けで字を追っていた。

「玲子先生、これは事実?」
「小説」
「そうか・よかった!ですよね。なんかいいですね」
「そう?私はこの作品はすごく好きなの?」
「そうですよね」

冬期講習の中学生がいる最中で邪魔にならないように小声で読んだ。
講習は終わって「玲子先生さよなら」「さよなら、先生」「はい、さよなら」挨拶しながら読んだ。
皆、帰った後、夫以外は誰もいない教室で、私の下手な朗読を延々Sちゃんは聞いた。
二人の山月記・・
「玲子先生、実は赤ちゃんが山で虎に育てられた話かと思っていたけど・・・」
「うん、違ったね」
「あなたを応援する小説」
「何で?」
「臆病な自尊心は私にもあなたにもある」
「そうなんですか?」
「そう・・自分を人に暴露されることってこわい・・」
「中島敦って1009年生まれ、100年前の人だけれど・・あなたにも私にもエールだね」
「そうか・正直に生きなさいって?」
「うん、そういう風に思ってもいいね」

いつかどこかで
2007・12・26・あなたと私の二人の「山月記」・・・
思い出してくれたら幸福。
ついでに
「私と先生はあの時・友達だったのかも」
そう思ってもらったらもっと幸福。
今北玲子

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2007年12月26日 22:52に投稿されたエントリーのページです。

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