今夜も夕食を終え、夫が2階にあがり今日が終わる。
ビールをもう1本冷蔵庫から出して飲もうか、それともお風呂に入ろうか。
風呂上りのビールはいいだろうな・
でも湯船にたどり着くまで寒いし・
ちょっこっと迷って
飲んじゃおうっと。お風呂は寝しなに。
私は大雑把。
365日、こたつでもいいか。家族が安らかに眠りにつけばどうってことない。
女子高生がコンビニでパンをかじっていても
「お行儀悪いね」と思うが、
食べたいところで食べたらいいわね・・・
無節操なところがある。
子供たちの箸の上げ下ろし、行儀、どうかと思って
私も大人だから注意はするけど
食べられる幸せ、ありがたい。所詮、しつけはできないなって思う。
15才の修学旅行、専用列車の朝点呼。
「れいこさんがいません」
1車両、全員・私・捜索。
私は、
夜行列車の寝苦しさに深夜座席の下に
無意識にもぐりこんで
ピンクのバッグを枕に膝折って寝ていて・・
捜索中に座席の下からにょきっと足が出て悲鳴が上がり
見つけられ気がついた。
ひとり予習の最中突然の眠気に襲われた。
えい、寝ちゃえ、
教室の床にごろんとしたら気持ちがよくて・・・・熟睡・
「玲子先生!大丈夫ですか?」
たずねてきた同会会長のN君の太い力強い大声に飛び起きた。
具合が悪くて倒れたと思ったらしい。
N君!
あなたがいることがいいのです。
どこでもいつでも食べるし、寝られる、この雑としたタチを
考えると
私は場所問わず、だな、と思う。
心の場所もそうだろうか。
そうでもない・
私の心の場所
定点はある。明るくなんとか生きる。
大好きな師・幸田文「雀の手帳・高所、恐怖」
「これ一ツとすがりついて頼りにしたのは、自分の心臓だった。力づよい音だった。
どきどきと」
最近これを実感する。
迷った時、人前であがった時、どうしようかという時
一番頼りになるのはどきどきと鼓動を知らせる心臓の音なのだ。
生まれてこのかたあなただけが頼りだったのかもしれない。
たまに定点も心臓もふさぎこんだ時は滋養がいる。
2世の小学生の授業中
夫が私を呼んだ。
「お母さん、ちょっと」
えっ!
二人は同時に驚いて顔見合わせた。
「玲子先生は今北先生のおかあさんだったの?」
「知ってた?N君」
「知らなかった、I君」
大笑いする私をきょとん・・
「私の子供たちがお母さんと呼ぶからよ」
3人で笑うともっと楽しい。
休まぬ、不満言わぬ心臓も脳の芯も笑いがお好きかと思う。
笑いの財産・落語には
ひとつの笑いに何万、何億の市井の笑いが後ろについていて
過去の皆さんのお墨付き。
みなさんも笑ってきたのですよね。
多くの皆さんが笑ってきたからこそ伝統で残っているんですよね。
なおさら、滋養になる。
落語って滋養の場所だなって
このごろ思う。
小袁治師匠・・
卒舎式の3月の滋養の落語を
お待ち申し上げております。
今北玲子