« 言い訳 | メイン | 弥生尽 その1 »

合格発表

発表が気になって昼食もすすまない。。
3時・・教室の机に電話を置いて両手を合わせて祈る。
全員合格・全員合格・・唱えずにはいられない。
3時きっかりに第一報。
(毎年、卒業生が自分の学校の発表を見てくれる)
合格です、先生・・
切るとまた一本
合格です。
今度は夫の携帯が鳴った。同時に教室の電話が鳴った。
「ありがとう、合格だね・・」
「玲子先生、合格です」
夫が泣いている。私も合格の言葉に涙が答える。
よかった、連絡はすべて合格。

合否が確認できないのはあと二人。卒業生を配置できなかった高校である。
もう1時間以上経つ。
階段を上がってくる音がする。
K君か?
待ちかねてドアを開けると
「先生、合格しました」
お母さんも一緒に入ってこられた。
よかった。入試直前に高熱と下痢に見舞われ、体調が一番案じられた。
試験はまず無事に受けられることだ。
お母さんはどれほど心配されたか。
「先生、ほっとしました」
この日は中3の子どもたちは笑っているが、ご父兄は涙になる。
K君のお母さんと二人で顔を見合わせては泣いた。

あと一人だ、どうしたのだろう?
電話が鳴った。
夫が走って受話器をとって「はい、待ってます」すぐに受話器を置いた。
「玲子さん、これから報告に行きます、だって」
夫が不安そうに
「何も言わないんだよ・合格なら言うはずなのにな」
すぐ、来るというのでいてもたってもいられず
階段を駆け下り、玄関を開け室内履きのまま道路まで出てみた。

あっ来た、数秒が長い。
「玲子先生」
笑っている。大丈夫だ。
「Tちゃん、合格ね」
「はい」
胸につかえていた不安はパチンコ・ベガスべガスの
空に一気に飛んでいった。
「塾の電話番号忘れちゃって・・・」
Tちゃんの家は塾のはす向かい、お兄ちゃんも卒業生だし、
お父さんは夜の会の常連だし、
真っ先に連絡が来るものだと勝手に夫と思っていた。
「お前が一番最後だよ・・バカモン・・でも、ああ、よかった」
合格であれば塾の電話番号を忘れたって構やしません。

「祝・28期生全員合格」夫の手書きの文字が黒板にも玄関にも
張られた。

ふと、28年分の合格発表の日の
卒業生のあの横顔、あの背中、あの握手・・
灯が点るように浮かんでくる。

毎年、夫は志望校の可能性を子どもに伝えるが、
五分五分、四分六、それでも受けたい、という中3の子どもには
「わかった。お前が覚悟して受けるのならそれでいい」
入試前日までとことん面倒を見てきた。

ある年には
志望高を下げろ、家族も学校の教師も大反対、誰だって15歳の涙は見たくない。
「やるんだな」夫が言うと
「どうしても受けたい」決意は固かった。
奇跡は起きなかったが・・
大学は難関をものにした。
何と言われようと挑戦した卒業生の次の展開は力強い歩き方をする。

高校入試は喜びも悔しさも、自分のことも、これからのことも
教科書には書いていない・生きる・ことをぶつけられるのかもしれない。
ある人には普段の努力は報われることだったり、
今に見ておれ、だったり
合否は人間の合否でなく、これからの指標なのだろうと思う。
さっぱりとした笑顔で「落ちました先生・でも大学は見ていてください」
宣言通りの卒業生は沢山いたし、
だめかと思っていたけど今北先生のおかげで
合格しました、合格が励みになって高校に行ってさらに学力を伸ばし続けた
卒業生もいた。

合格発表をさかいに大人のつきあいが毎年始まる。
28年間の卒業生は私と夫の誇りで宝物だなって思う。

でも、よかった。
今年は第1志望高に全員合格だ。

この中には
私立を失敗してどうする?公立は?
五分五分、四分六と夫に言われても
「でも受けたいです」
何としても受けると曲げなかったI君がいた。

父親は「落ちたら父親の私が何とかします」
息子を引き受ける父の覚悟は心打たれた。


 I君はここ1ヶ月、遅くまで残って勉強して合格にたどり着いた。
父親と朗報を持ってきてくれた。嬉しかった。
 I君のお父さんは
「いやあ、よかった。いやあ、先生、本当によかった。おかげさまです、ひと安心です」
父親の横で「アザーッス」
小学生からの付き合いのI君を
私がよかった、よかったと何度たたいてもびくともしない見上げる長身になって
野球少年の彼は逆転ホームランを打ったみたいにたくましく見えた。
 I君のお母さんは・・・
夫が言うには、
「8時半ごろ、階段をものすごい勢いで上がって来る人がいてさ、
誰かと思ったらI君のお母さんで
ドアを開けると今度はオレめがけて走ってきて
先生、ありがとうございますって両手を握りしめられたよ。」
走りたいほど嬉しくて、たぶん、誰にでも
ありがとうと言いたい気分ですよね。

今夜は
中3全員のご家庭は明るく、楽しく、子どもの笑顔に
親御さんは目を細め、
何を言ってもおかしくて、食事はおいしくて、笑い声があふれているはずだ。
夫も私も
中3の一人ずつの今日の笑顔を何度も再生して
なんのつかえもない、すっきりとした幸福のビールは格別だった。
今北玲子

About

2008年3月12日 21:30に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「言い訳」です。

次の投稿は「弥生尽 その1」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。