「お母さんの予定は?」
「11時に美容院」
「それからは・」
「ないよ」
「映画みたいとか?」
毎年、ありがたく、私になんやかやと母の日だから、たずねてくれる。
「ありがと、何もしなくていいよ」
「わかっているけど・・・でもね・・・」
「母の日は何もしてくれなくていいの」
あのね、私ね、
小学校の時の母の日。
先生は
「はい、お母さんがいる子は
赤いカーネンション、回してとりなさい」
カサカサの造花の赤いカーネンションをもらったの。
お母さんのいない人は白いカーネンション・・ですから・・・
先生も
大きな声では言えなくて、遠慮しながら
「お母さんのいない人は、おいで・・」
後ろから先生の前に歩いてきて・・・
「・・・」
「つけてあげるからね」
その子の胸に白いカーネンションがつけられたの。
先生は
「みんな、同じです。カーネンションの色は違っても花の下になんて書いてありますか」
合唱した・
「お母さん・ありがとう」
母でもあった当時の先生もできれば、クラスで一人だけの生徒に白いカーネンションを
つけたくはなかっただろう。
その子は校庭を下を向いて、先生がつけてくれた造花をはずせなくてね。
忘れられないの。
[ひどいなあ、それって」
3人の子供たちが言った。
ひどいよね。
ん?
ん?
母の日になると毎年これを繰り返してきたけど、
ん?
そんなひどいことを当時の先生は本当にしたのだろうか。
自分の記憶は大丈夫?
なんだか、急に危うくなった。
同級生の男の子の名前はフルネームで言える。
あの子に母はいなかった、
赤いカーネンションの造花を子供たちは勲章みたいにつけていた、
お母さんアリガトウ、大合唱した、
このあたりは間違いない。
でも
先生はあの子を呼んだのでなく、先生が近づいたのではなかったか、
校庭をあの子は普通に歩いていたのに、
うなだれていると勝手に思ったのは私ではないか、
もしかして、白いカーネンションさえ先生はつけなかったのではないか。
仲良しでもなかったけれど
不憫で
ジグソーパズル・私のピースをはめ込むように場面を作って
いつのまにか、記憶を私は捏造してのでは?
疑いだすと、さっき話したリアルな場面に四方八方に亀裂が走り、
ばらばらと落ちていく。
信じていた記憶は・・
子供たちに話してみると信憑性が目減りして、
あれは幻か、
捏造か、事実か・・・話しておきながら、・・
急にわからなくなってしまった。
子供の記憶は別の作用が働けば、違う記憶をこさえることもあるかもしれない。
疑いだすとあっという間に霧の中に隠れていったけど・・・
手に残った1ピースがある。
かわいそうだと思ったこと。
私は大人になったら、母の日をしない。
私がどんな間抜けな母になろうとも
世の中にはこの日を
悲しくて、悲しくて、
どうにもならない小さな人がいる。
絶対に私が大人になったら阻止してやる。
約束は守るから。そう決めた。
子供の小さな誓いをドラマにしてしまっただろうか。
母の日阻止を・・
もう大分前にご父兄の誰かに話したことがあった。
「玲子先生の気持ちはわかるけど、先生の子供さんはみんなと
同じように、ありがとう、おかあさん、をしたいと思うよ。
できない玲子先生の子供さんがかわいそう。
ありがとうって
受け取れば玲子先生の子供さんは嬉しいと思うな・・・」
忠告してくれた。
「そうだな」
真心を拒否するのはよくない。
母の日がトラウマになったら申し訳ない。
「おかあさん、ありがとう」
私の大好きなカスミソウを贈ってくれる気持ちを講釈言わず、
以来、ありがたく、もらうことにしたのだった。
でも、今年、
「なにがしたい?」
そう聞かれると、
やはり、ひとりぼっちで
会いたいお母さんに、
どうやっても会えない、
半ズボンの同級生の後姿に・・私を戻す。
・・・わたしばかりごめんね。大人になったら、
何もしないでおく。
つぶやいた私に戻る。
同級生だから、
もう誰かの父親になって
母の日は盛大に祝っているかもしれない。
「お母さん、ありがとう」
食卓を囲んで幸せに子供たちと、妻よ、母よ、ありがとう」
妻があなたの母になって
笑顔で母の日を楽しく過ごしているね、きっと。
私の子供たちが親になって
私と同じことを言うだろうか。
あるいは、いただきましょ・
うちのお母さんは母の日にややこしいことを言って
受け取ってもらえなかったから・・
5月の母の日・日曜日、
母のいない小さい子なら母を恋う。
なにもできないけれど、
私はこの日、浮かれまい。
この日、憂鬱の子はいる。
3人の子供たちは
「わかっていたけど、わかった」
母でいることは毎日の感謝だから、感謝されなくともいい。
せっかくの気持ち・悪いね。ありがとう、気持ちだけいただきます。
ごめん・
夕食に子供たち、3人がビール片手の私に
せーの!って並んだ。
「おかあさん、今日はおめでとうございまーす」
次男の声に
「ばか!
おめでとう?って誕生日じゃないでしょ?」
姉にたしなめられ、
「なんだよ、おめでとうって、
それを言うなら
オメデトウ、オリゴ糖」・・末の子。
「なにそれ」又、姉にたしなめられ、
「ジョイマン・」
ほら、
姉のその声に・・・
も一度整列して
揃って頭を下げた。
カスミソウだけの大きな花束をもらった。
「お母さんは脇役がいいんでしょ?」
長女が言って
そう・・
「毎年同じだけど、これならいいでしょ」
うん・・
おめでとうでもオリゴ糖でも、
ありがとうでもいいです。
もったいないです。
当時の同級生
108名の
たった一人、母がいなかった同級生のあなたは
どうぞ、妻に笑って
今宵、楽しい夜でありますように。
母の日、
どなたにとっても
なんだかんだ言いながら、
今日も一日、ありがとう。
いい日、いい夜でありますように。
今北玲子