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ゲスト

7月12日の親の会のゲストはS君。
1期生。
整形外科医。

29年前、
ドキドキの1期生の合否を家で案じた。
14名もの1期生の中3の子どもたちは
夫のアルバイト時代の縁を頼りに
慕ってきた人やその友達である。
親御さんは
28歳の夫に
大切な子どもを託したのである。
全員合格を祈った。

しかし、不合格が二人、
安定していた今夜のゲストのS君も・・・・
二人とも予想外で・・
合格を逃した。
どうしよう・・

その日も次の日もその次の日も
私も夫も食べられなかった。
のどが閉じた。
この塾を信じた15歳なのに
二人も落としてしまって、
果たして、塾を続けられるのだろうか・・・・

食べなくとも・・・
若さで・・乗り切ったけれど、
二人の痛みは刺さっている。

それからS君に会ったのは
会ったというより、彼が我が家を訪ねてきてくれた。
私立高から現役で医学部に合格し、
医師になっていた。

S君がバレーボールを選んだ訳。初めて聞いた。
「私がバレーボールを選んだのはネットがあるから。
バスケットのように何もないと自分はどうなるか、相手にぶつかっていって
どうなるかわかんないですから・・・
敵とネットがあるバレーボールを選んだんです」
(いい回しは違うが私の記憶の限り)
190センチもある身長なら、バスケットでもね・・そうか・・

なるほどと思った。
この人は赤い火を持っているだろうか。
闘争を宿す、赤い火・・
もう一つ、
皆が合格で浮かれている中、
すぐに高校の勉強を始めた15歳のあなたは
次に向かった。
トップを維持して・・・医学部に現役合格・・
この道を行くと決めた赤い火、
あなたを見てそう思った。


次に会ったのが
チラシの文章を書いてくれて、
卒舎式の3月に打ち上げに来てくれた時、
私の隣に座った。
ビールの杯を重ね、一気に飲み干す私に
「先生、
お酒はほどほどにして身体を大事にしてください」

S君に、1期生に
説かれて
「うん」
言ったものの、
飲めるタチで、子別れの喪失と向かい合うには力がほしかった。
卒舎式のその夜も、
いつも通りに・・
グラスを何杯も干した。

思いがけない優しい忠告に
ふと、突かれて・・泣いた。
「先生」
ズボンのポケットから
いたわりのハンカチをそっと・・大きな手だった。

あの夜は、1期生のM君とS君と塾に行って飲みなおしたっけ。
3人で教室の床に座って飲んだっけ。

次に会ったのが
3男の怪我で診療してもらった時。
診察室は待合に近く、仕事ぶりがわかる。
深刻な症状のときは的確に、心配ない状況のときは案ずるには及ばない・・
冗談も言い、
適宜に長けた会話が途切れない。
患者におおらかで優しい。
「いいお医者さんだな」
思った。

娘はS君の父上に10代に一度診察していただいている。
腰痛で行ったら
「あなたはお父さん似?」
まじめに聞かれ、
そして、にこっと
「心配ないよ。」
父上の一言で、娘はじきに良くなった。

S君の妹も塾生で成人式、卒業、母と二人で節目の挨拶は
こちらが恐縮で・・・
律儀な母上・・

そして、亡くなった私の母は
在宅医療で偶然にもS君のご親戚の医師に
お世話になった。
母は最期まで、
「あの先生がいい」
ご厄介をかけるほど慕った。

縁に結ばれ、結ばれし縁に
時に助けられ、
そうやって
人は生きるので、
あの人が、この人が・・特別ではないが・・

夫も私もS君を親の会で紹介したかった。

座った隣の人を不愉快にはさせず、気遣い、
寡黙な真摯な医師を
小さな塾だけど、みんなに紹介したかった。

親の会のゲストはまさに、それに尽きる。

この人と会って・・この人の話を聞いて・・

(次回のゲストは1期生のY君、
そういう気持ちだから・・
僕なんか、ダメですよ。そうじゃないの。あなたがいいの。)

特に
塾生にはS君の話を聞かせたかった。

12日の親の会のS君は
「今北先生に落ちたときの話をしてと言われたので、話します。

僕は大丈夫だと思っていたのですが、
試験の日、やばいなあ、思いましたね。
油断したんですね。

先生に報告に行くのに、
合格じゃないから、階段を静かに上がって。

(S君は思っているだろうが・・・
夫は勢いよく階段を上がってくるあなたの
足音を耳に残しています。)

今北先生は普段は良く喋るのに
落ちたことを知っていたんですね。

(知らないの。
夫は階段を勢いよく駆け上がってくるから「受かった」
そう思っていたの。
あなたは静かに上ったつもりでも
勢いがあなたにはあったのでしょうか。
今でもあの時のあいつの音は合格の音だった。
それだけ、あなたに自分でもわからない勢いというものがあったのです)

今北先生は
うん、とかああ、とか何も言わなくて。

(それから、多くは語らなかったが、猛勉強が始まったのですね)

S君は子どもたちに向かって言った。・・・
「人の限界はないんだよ。身長には限界があるけどね。
自分の限界はここだって、諦めたらそれで終わりなんだよ!
自分の限界を決めないで!
ここにいるみんなに限界はないんだ・・・
限界はないんだ!」

繰り返すS君の力強い言葉が満杯になった教室に響いた。
特に中3の子どもたちはピクリとも動かない背中だった。
届いたのだと思う。

S君の話に合わせたように
「自分の限界に挑戦しているか!」

背中の文字・・・の子がいた。
部活の士気をあげるおそろいのTシャツだろうか。

ふと、目に入った文字・・
子どもたちは
S君の方に明るい顔を向けた。
「限界はないんだ!いくつになっても伸びる。諦めたら、そこが限界」

つぶやけば、
どうせ、やっても無駄だから、
置いてけぼりしたモノとばったりだ。
捨ててしまったモノがひょっこりだ。
限界と判断したのは
信じ切れない自分自身であったと詫びたりする・・

同じ生きるのに
限界はないと思っていいのなら、
ぼっと、
内に火が点る。
のべつまくなし、だらしないぐうたらの私にさえ、
火が点る。
子どもたちにもぽっ、ぽっ、火が点ればいいな。

小4から中3まで
呼吸の話を聞き、やってみた。
適当に吐いて、十分吸うことが深呼吸と思っていた。
静かに、静かに吐き続ける、
残量を自覚して、こらえきれずに、
新しい空気を吸う。
「苦しかったら吸ってください」
S君の言葉にゆっくり吐き続け、
苦しくて、ほしい空気を吸う。
教えてもらった深い呼吸は身体に行き渡る。
吐くことは
次の空気を入れるのに必要、大事
実感した。

1期生の同級生、そのご両親、忘れられない9期生、
ご常連の皆さん、深夜まで親の夜は続いた。
長年のお付き合いのO夫妻にも会えたし、
父親参加も多く、喜んでしまう。

同窓会会長のN君が言った。
「私には先生に自分の夢がありまして・・
仲人をしてもらうこと。叶いまして。
もう一つは自分の子どもをほくそう舎の塾生にしてもらうことでした。
今、息子は塾に通っています」

N君の話に目を閉じる。

開塾1期生の申し込みはN君が一番、
アルバイト時代の塾から夫を慕って
きてくれた。
新年会、親の会、前々回は彼がゲストだった。
夫に
2次会に行くぞ、「はい」・・飲むぞ、「はい」・・お前、歌って、「はい」・・
いつだってあなたは断ったことがない。
180センチをゆうに越す体格で、
少年の純なままのあなたに、甘えてばかりで
もはや、
ありがとう、を通り越して
あなたの可愛い奥様と二人の子どもたちのために
役に立たなければ、思います。
N君一家は大事な人々であります。

12時過ぎ、
S君を見送った。
我が家の勝手口にS君の愛車が止めてある。
1000ccの赤いバイクが主人を待っていた。
バイクにも顔立ちがあるのね。
きゅっと甘く上がった大きな二つ目のライトが
ミュージカルキャッツを思わせるような・・・
鮮やかな赤のバイク・・・
赤、
やはり、あなたには赤が良く似合います。

1000ccとはそばで見ると巨体である。
大きくて、足の速い不思議な生き物に思える。
こんな友達ほしいものです。
192センチもある、
堂々とした体躯のS君は
やすやすと腰を下ろして、
「今日はありがとうございました」
「又来てね」
「はい、来ます」

我が家から
緩く右にカーブした道の闇の中に
ブオーン・ブオーン・・
快音が遠くに響いていった。
後姿はライダー。
「職業が分からないのがいいよ。
すぐに職業を当てられるようではな・・まだまだ」
八杉先生が言っていらした。

「格好いいなあ」
Y君が言った。

うん、格好いいよね。
15歳の不運を力にし、ここまでやってきた。
格好いいです。

ありがと・・

私、
もっと、もっといる。
東京に住むごりっとした
書いてほしいと願う編集者K君、
1期生の会えば横にいるだけで安心するU君、
大家さんちの大将にしたいと思うK君、
2期生のK君、Hちゃん、九州のSちゃん、
8期生の面々、もっと・もっと
ご父兄もその数だけ多い。

卒業生というより
それって、
元気でいてね、の、朋でしょうか。
29年も塾をしていりゃ、
毎年、20人、30人と数えると
ほくそう舎の小舟に乗った人達は
800人を超す・・・朋です。

昨日、突然、授業中に小学生のN君。
「玲子先生、飲み会の時、オレにカード買ってくれたよね」
Y君
「ええーっつ、先生と小学生なのにお酒飲んだの?飲み会したの?」
N君
「違うよ、飲み会にパパと行ったんだ」

そう、新年会に父親についてきた愛しさに手をつないで
自宅まで送って行って、
途中のスーパーで人気のカードを買ってあげた時のことを
その日の作文に必要で
私に確認した。

Y君
「僕のパパは行かなかった?その飲み会に欠席した?先生」
Hちゃんの娘
「私のお母さんは?」
声には出さなくて怪訝に私を見る。
K君の娘も・・「私のお父さんは?」
おやって顔・・

そうだ、このクラスは2世が4人もいる。
「みんなのお父さんお母さんとは又、飲むからね」
「よかった」
4人とも安心して鉛筆を持ち直した。

卒業生が信じて預けてくれた
29年前には想像もつかなかった
なんとも幼い朋もいる。

S君、
(役に立てるように)
自分の身体・・
厭います・・・・

でも、
ビールは私の夜の朋・・
いいよね?
今北玲子

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2008年7月13日 19:39に投稿されたエントリーのページです。

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