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贈り物

以前、山月記を読んであげたSちゃんが
話があるという。
「進学したいんですけど・・・」
「いいじゃない」

「でも・・・」
「高校中退で、進学しても又、いけなくなるかもしれない・・・」

あなたと会って、2年、

塾の階段をばたばた、
教室に入ると、どんと椅子を引いて、
「シャープペン忘れてきたんですけど」
「あるよ」
「シャーペンの芯、ありますか?」
「あるよ」

あどけなく、可愛かったけど,投げやりでどうでもいいような、、
あなたはなんか不安だったのね・・
ここ最近、Sちゃんは変わった。
「こんにちわ」
「ここにすわっていいですか?」
丁寧になった。
バイトだ。
念願のバイトが決まって、可愛く化粧して、
あなたは働き始めて変わったような気がする。

「玲子先生、あのー」
会話も丁寧になった。もともとあなたはそうだったのだと思う。
丁寧な少女だったのだと思う。

「玲子先生」
「はい」
「大丈夫でしょうか」
「なにが?」
「また、学校をやめるって思われないですか?」

「だいじょうぶ」
「何でですか?」
「不登校はトンネルっていう人がいるけど、
それは私は感覚はわかんないけど、
なんか、Sちゃんはどこにいるのか、見えなくて、困っていたけど、
でも、働いたよね。
そしたら勉強したいとか、あそこに行きたいとか、思ったのよね・・
もう、見えるのよね・・いろんなこと」
「はい」
「だから、だいじょうぶ・・」

時に
人はあまりに苦しいと、あまりに悲しいと
考えないようになる。見えないようになる。泣くことすら取り上げられる。
1滴の涙さえ、どこにあるのかわからない。
緊急事態に、
その命が機能を停止させ、
一時、保護をするのかもしれない。
今は食べて寝ればいいから・・
それ以外、何もしなくていいから・・


あなたの携帯の待ち歌はブレークするずっと前から青山テルマで、
いい曲だねって言ったら
Sちゃんに曲名を教えてもらった。
♪そばにいるね♪

「うちのお母さんもこの曲好きなの。玲子先生も?」
「うん」
冒頭の歌詞は母の詩・・・・

♪・・あなたのこと私は今でも思い続けるよ・・♪
♪・・いくら時が流れていこうと♪
♪I’m by your side baby  いつでも ♪

Sちゃんのお母さんもここの、この歌詞が好きなのではないだろうか。
昼夜逆転する娘に伝えたかったですよね。
そばにいるね・・・
恋の歌かもしれないけれど、
どんなことあろうと、あなたのこと、思い続けるよ、私は・・・
そばにいるよ
いつでもいるよ・・わが子に届けと祈ったのではなかろうか。

お母さんのこと、おにいちゃんのこと、話すようになって、
あなたはそばにいる家族が見えてきたのよね。
1度しか会っていないけれど、懸命に働き、あなたのことを
思い続ける、いいお母さん・・。
お母さんの好きな曲を知り、「うちのお母さん、この曲好きなの」
お母さんが見えるようになったのよね。

「あなたはだいじょうぶ。受けたい学校を受けなさい」
Sちゃんの目に
みるみる涙があふれた。
「化粧大丈夫?」私が聞くと、
「黒くなってないですか?マスカラの黒い涙になってたりして」
「大丈夫」
二人で悲しいわけじゃないのに、笑って泣いた。
やはり不安だったのだろうと思う。
小学校からの不登校、高校中退、安心材料は一つもない。
でも、私は絶対大丈夫・・・と思う。

初ライブのM君のポスターがSチャンの机の横にゆうべのままに
置いてあった。

「あのね・・」
ライブのMちゃんのこと、話したくなった。・・
「大阪に新聞配達に行って、
三線習って、魚屋さんで働いて、ね・・野菜作ったり、CD創ったり、いろいろやるの。
その人の夕べのライブは最高だったんだ」

Sちゃんは「ええつー。新聞配達ですかー!魚屋さん!デスかアー・・・」
連発した。
「すごい!
すごいですよね!それってすごいですよね・・
それっていいですよね・・」
顔が輝いた。

M君へ
あなたのライブに
あなたの今までに
顔を輝やかす18才の乙女がいます。

ライブはその日だけではなくて、
それを聞いた人、
それを伝えたい人、伝える人、

あなたのライブは
誰かに言いたくなる楽しい、またとない楽しいものでありました。
あなたにもう一度、言おうかな・・・
ライブはよかったよ・・・あなたはいい顔してピアノを弾いていた。

ライブは終わったけど、
その余韻は
ひとりの18才の乙女の
未来に・・・(いろんなことしていいのね・・)
楽しい贈り物を
しましたよ・・


私にも・・・

今北玲子

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2008年8月16日 22:23に投稿されたエントリーのページです。

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