授業中、夫の携帯が鳴った。
「出て」言われて出たけど、
切れた。
主を見て、
「Y君だ。すぐにかけてやってくれ」
留守電・・・だったから
「授業中ですが、遠慮なくかけてね」
言い置くと
すぐに電話が鳴った。
「どうしたの・」
「仙台に向かっていて、先生たちに会いたいんですけど」
「いいよ、10時まで教室にいるから」
「仙台に着くのは9時過ぎです」
言った通り9時過ぎ、
中2の数学の授業中にY君は入ってきた。
「ひさしぶり」
折りしも
夫は中2の生徒に激怒の真っ最中
「7割やって諦めるなよ。書けと言われたこと書けよ。
詰めが甘いんだよ。ちゃんとやれよ・・」
卒業生のY君は
「玲子先生、中学生と一緒に座っていいですか」
「どうぞ」
鉛筆もノートもないけど、ひたすら夫を見つめて
授業を聞いていた。
「なにかあったの?」
聞かずにはいられなかったが、
中学生のあの時のように夫を黒板を見つめてじっと聞いている。
授業が終わった。
中2の子どもたちが帰るのを
「気をつけてなっ!がんばれよーっ」
Y君は一人ひとりにアシスタントみたいに子どもたちに声をかけた。
やっと、夫の身体が空いて
「よーっ」
しばし、Y君と世間話が終わると
Y君が
「先生、俺、
仕事やめたくて・・すごいんですから。
この年になって
ストレスで盲腸ですよ・・」
激務を話した。
思わず、私、
「いやならやめなさい。我慢することないからね」
「玲子先生、そう言うけど、すぐにやめるのはできないですよ」
誰に言うでもない、自分に言うために来たのかもしれない。
仙台駅に降りて、実家に行かずに
真っ先に塾に行こうって思ったのね。
廊下にトランク二つ、置いてあった。
がんばらなくともいい、やめなさい。
私にそう言われたかったのだろうか。
「そんなことはできないです、がんばります」
自分に宣言してみたかったのだろうか。
「お前は詰めが甘い。7割しか頑張っていなんじゃないのか。」
夫に怒鳴られたかったのだろうか。
どちらでも、いい。
会えたからいい。
どうしているのか、
食堂をたたんで、あなたが仙台を離れて、半年、
心配だった。
「元気そうね、あなたは若いね」
「またまたー本当?玲子先生。友達には痩せてどうしたの?って言われるんですよ」
あなたが十五の時、
「だめだった、先生」
結果を報告に来て、塾の階段を
うつむいて降りる背中に思った。
乗り切んなさいね。
あなたはその後、いろいろ頑張ったと思う。
ふと階段に
「知っているよね、Y君」
「もちろんです」
大好きな義母の口癖
「祈りは一人より二人、二人より三人」
こんな時
私と一緒にお願いします。
「もちろんです。」
塾の階段と一緒に祈る。
乗り切って下さい・・
今北玲子