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Sさん

2日前にSさんが突然いらした。

Sさん親子と初めて会ったのは3年前。
「浪人したので、この塾で勉強を面倒見てもらいたいのですが・・」

これまでも浪人生はいたが、
「浪人したのはどうしてですか?」

Sさんは
「この子がどうしても入りたい高校がありまして・・
中学校の先生からは反対されて・・
でも、親としてできる限りのことをしたいと思って・・」

Sさんの長女Iちゃんと知り合った。
15歳の浪人はきつかったと思う。

賢いIちゃんだった。
作文を書かせれば、情感があり、心根の優しい少女で
役に立てればと願った。

しかし、あんなに勉強したのに、
塾にも休まず通って、点数を上げたのに
結果は焦がれて願った高校に蹴られた。

発表のあと、自宅にIちゃんを呼んだ。
なんと言えばいいのか・・でも、この1年、志望校に挑戦したIちゃんをなんとか励ましたかった。
努力を褒めたかった。
「あなたを合格させない高校はたいしたことないです」

日ごろ、夫が
「もし、不合格なら、砂でもかけてこい」
同感だったから、受け売りを加工して言った。

志望校を妥協しなかった15歳を過年度生と冷遇したものやら
わからないが、
Iちゃんは泣きもせず、
私に気を使って笑った。

Sさんは妹を早々と入塾させたが途中でやめて、今、その妹は中3になる。

「やっと、下の子は目覚めたんですが、勉強してるんですが、志望校が高くて・・」

どう親として姉の二の舞にならないように、妹にアドバイスしたらいいのか、
私たちをたずねて来られたようだった。

志望校の偏差値もある。挑戦したい、妹の気持ちもある。
姉と同じつらい思いをさせたくない、親心もある。

きっと、退塾したのに私たちと会うのは遠慮だったと思う。

妹の成績を考えると入りたい高校をすんなり、うんとは言えず、
どうしたらいいかということだったと思う。

「このまま、年が明けて私立が終わるまで、(志望校は)それからでもいいのでは?」

Sさんが突然泣き出した。
「勝手にやめたのに、先生の顔を見たら・・すみません」

声をあげて泣き出した。

15歳の長女の浪人1年をどうやってSさんは暮らしたのだろうか。
毎日、胸を痛め、だからこそ、妹は・・
親なら、そこはあぶないからやめさせよう・・
言いたいけれど、妹がせっかく勉強し始めたのに言いにくい。

中3の妹に意見すれば反発されるようだ。
その気持ちもわかる。いいことです。志望校をどうでもいいとは思っていないのですものね。

でも、Sさん、
嬉しかったのは悩んでどこの誰に聞いてもらおうか?
私たち夫婦を
思い出していただいたことです。
まっしぐらに、ここまで来られたことです。

「どれほどご心配か?」
昨今、浪人する中学生がいないのに・・
中学校の先生になぜ、浪人させるのか?さんざん、言われ、それでも
Iちゃんの盾になったけれど、
下の妹までそんな思いをさせたくない。
苦しくて、阻止したくて何かいい方法はないのか・・
矢もたてもたまらずに、塾にきたのではなかろうか。

子どもの涙や苦しい顔を見るのはいやですよね。
危ない橋は渡らせたくない・・15だもの。

でも、Sさん、
Iちゃんの浪人は親の失敗でも、
ましてIちゃんの失敗でもない。
果たして浪人しても志望通りにいかなかったけれど、
Iちゃんの・・プライドと希望に
親御さんがつきあって
結果オーライなんてのは手にしなかったけれど
Iちゃんの納得の1年に間違いはないと思います。

姉の辛さを妹に味あわせたくない・・親ですから・・家族ですから・・
臆病になりますよね。
でも、すでに
Sさんは見守ると半ば覚悟されて、私たちに会いにきたのではなかろうか。

Sさんの涙は
私たちに遠慮だった涙と思うが、
当時、苦しかった胸のうち・・うんと我慢して、それが少し吹き出ると
しまいこんだものは、びりびりと破られて
流れ出たものはあったかい親が子を思う音・・・みたいに
聞こえた。

Sさん、私も同じです。

でも行きたいと走るのならしばらく止めずに行かせましょか。
いよいよ、このままじゃ無理というときには「だめ!」両手広げて
言いましょか。

それでも行くと言って
ころんだら、
「怪我はない?大丈夫?起きられる?」
抱いて涙ふきましょか・

Sさん、一緒に思い出しませんか?
ハイハイ、アンヨ、ぐらぐらの覚束ない足取りを追って
一歩でも歩けば拍手して
ころんだら、思い切り抱いてね・・

何より、歩いたってことで心がイッパイになって
やりたいように、食べたいように、歩きたいように・・
見つめた頃のこと、
思いだしませんか?
(・・・不躾ではございますが)
私も思い出します。そうします。
15才って見かけは大人だけれど
わかっているようでわからなくて
わからないようでいてわかっている。

あれが片付いたと思ったら、こちらに心配の種が・・・
家族全員、身も心も恙ない日はあるようでないものですね。
私も同じです。

山道を登っていた親子。
70になる息子に90の母が
「お前は大丈夫か?歩けるか?」言ったそうな。
こんな話もあるよ。
屋根にはしごをかけてのぼる70の息子に90の母が
「危ないから、母ちゃんがのぼる」言ったそうな。

親とはね・・
そういうものだからね・・・

「どっちもどっちだね」あの時、小学生だったから
笑ったけれど
母の遠い声に今なら、そうだねって、言える。

Sさん、
たずねていただいて、お聞かせいただいて
お目にかかれて大変嬉しゅうございました。

今北玲子



  

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2008年12月 5日 22:35に投稿されたエントリーのページです。

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